第363話 そのままでいい

「オレら、こんなに恨まれるようなことしたか?」


 ロースランの執拗な追撃に、湯水のように弾を消費していっている。


 7.62㎜弾はそんなに買い込んではいないのに、今の段階で五百発は撃っている。しかも、マガジンを片付ける暇もないから捨てている状態だ。


 クソ! もっと金があれば有利に戦えるのによ!


 相手は魔物。人間より強く、百や二百で群れている。そんな相手に予算五百万円でどう戦えって言うんだよ? 地雷? C4? ドローン? 一度に二つなら買えんだろうさ。で、その一つや二つで百や二百匹を相手できんのか? 仮にできたとして失った五百万円はどうやったら回収できる? 五百万円稼ぐのにゴブリン千匹駆除しなくちゃならんのだぞ!


 その間の生活は? 請負員の稼ぎは? その間、また魔物に襲われないと言う保証はあるのか? ねーよ! なにもねーんだよ!


 さらに言うならそんな人生で使ったことも、どう使うかもわかんねーもんをいきなりなんて使えない。理解して習熟する必要がある。


 命が惜しいなら買え? 学べ? 使えってか? じゃあお前、必要だからって保険に入ってるか? 車の保険、すべて入っているのか? 癌保険に入っているか? 生命保険、最高額のに入っているか? 老後のために国民や厚生年金の他になにかやっているか? 親の老後は? 将来のための貯金は? 仕事からくたくたになって帰ってきてから勉強できるか? 運動不足にならないよう毎日数キロも走れるのか? コミュニケーションが大切だからと嫌いな上司と飲みにいけるか? お前、必要ならなんでもできるのか? どんなことでもできちゃうのか?


 できる! なんてヤツもいるだろうさ! だが、オレには無理なんだよ。どこにでもある高校を出て、大企業でもない工場に就職して、平々凡々に生きてきたオレにあれもこれもなんてできねーよ! オレは普通なんだよ! 十把一絡げの凡人なんだよ! 凡人に英雄の性能を求めんじゃねーよ! こっちは素人なりに素人にできることを精一杯やってんだからよ!


「タカト! 一時方向に走れ!」


 あとちょっとで爆発しそうなとき、ミシニーがそんなことを叫んできた。


「アルズライズ!」


「大きな池か水溜まりがある!」


「わたしらを抱えて飛べ!」


 なにをするかわからないが、ミシニーがやれと言うならやるまで。それだけの実力がある女だからな。


 池か水溜まりまできたらチートタイムスタート。二人を抱えてジャンプ。二十メートル先に着地した。


「ヒートソードを全開にして水に入れろ。アルズライズ、わたしの後ろに」


 ミシニーの叫ぶままにヒートソードを抜いて二千度にして池か水溜まりに突き込んだ──ら、水が爆発した。


 だが、柄を握っていると、熱が伝わらないように水の爆発、水蒸気も持ち手には襲ってこなかった。


「そのまま続けろ! 風でロースランにぶつけるから」


 広がる水蒸気を風で纏めてロースランが向かってくるほうに流した。


「……スゲー……」


 オレよりヒートソードの使い方を知っているミシニーさん。湯沸し器や雪を溶かすのに使っているオレとは大違いだ。


「よし、下がるぞ」


 肩を叩かれ、二千度を停止させた。


「アルズライズ、一旦隠れよう」


「わかった」


 頼れる金印と銀印の冒険者。それだけのやり取りで理解し合い、隠れる場所に向かった。


 奥にいくと廃ビルからなにかの集合建築物が見えてきて、その中に逃げ込んだ。


「タカト、オートマップは持ってきているか?」


「もちろん持ってきてるさ」


 こんないわくありげな場所で右も左もわからず走るとか迷ってくださいと言っているようなもの。ましてや囮になろうって言うのだから自分の位置は把握しておかないとダメだろうよ。


「なら、問題ないな。アルズライズ、ロースランが入ってこれなそうな場所を探してくれ」


 初めての場所なのに戸惑うことなく奥へ奥へ進んでいき、右に左に曲がっていき、天井の穴にジャンプした。


「ここにしよう」


 手を伸ばしてもらって天井の穴に入ると、なにかの倉庫のような場所だった。


「袋小路ではなさそうだな。これならいつでも逃げられそうだ」


 ミシニーも難なく上がってきて、倉庫らしき空間を見回して逃亡経路の確認をしていた。


「アルズライズ、よくわかったな」


「ほとんど勘だ。追われることはよくあるからな」


 金印の冒険者が追いかけられるとか、この世界にはどんだけ怖い魔物がいんだよ。よく人間が滅びないか謎だよ。


「ま、まあ、まずは休むとしよう」


 ホームからエアーマットやワンタッチテント、カセットコンロなどを運んできて設置した。


「ミシニー。風呂に入るか? 汗かいただろう」


「数分前まで命懸けの追い駆けっこをしてたのに切り替えの早いヤツだよ」


「それがタカトのいいところだ」


「そうだな。うじうじ考えていたと思ったらすぐに現実と向き合い、的確な判断ができる。お前は凄いヤツだよ」


 なんだい、突然?


「タカトはそのままでいいってことさ」


「ああ。タカトはそれでいい」


 褒められているのだろうが、オレとしては変わりたいんだけどな。この世界で生き抜くためによ。


「で、風呂には入るか?」


「入る。あと、よく冷えたスパークリングワインも頼むよ」


「緊張感のないヤツだよ」


「風呂に入るか尋ねるタカトもな」


 ハイハイ。オレは緊張感のない凡人ですよ。フンと鼻を鳴らしてホームに入った。


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 人物帳とかのほうで「シエイラ」を投稿しました。

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