第224話 バッフ
夜中に獣人姉妹と交代して朝まで眠り、起きたら雨だった。
そう言えば、夏のあの豪雨から雨が降ったことなかったな。すっかり失念していたよ。
しとしと雨だが、冬に近づいているから気温は五度くらいまで落ちている。さすがに寒いぜ。
「ビニールシートでも出してやるか」
小屋が二つしかなく、交代でしか使えない感じだ。オレたちばかりテントを使っていたら顰蹙もの。妬まれる前に環境を調えてやろう。
ビニールシートを買ってきて冒険者たちの手を借りてビニールシートを張った。
濡れた冒険者を魔法で水分を取ってやり、ヒートソードを五百度くらいにして暖房に使ってもらった。
「……また、神世の武器を……」
どうもミシニーはヒートソードの使い方に納得できないようだ。道具は使ってこそなんだからいいだろう。
「ルスルさん。オレは砦周辺を探ってきますね」
「はい。気をつけてください」
ビシャとメビは昼まで眠るよう伝え、ミシニーと一緒に砦を出た。
「ゴブリン駆除は本当にやらないのか?」
「ああ、やらない。周辺に処理肉をばら蒔いて餌づけするよ」
ゴブリンは冬を越えるために食料を溜め込むなんてことしないはず。いや、仮にしてるならばら蒔いた処理肉に飛びつくだろうよ。
山を下り、とりあえず山を一周する。
「ゴブリン、昨日より減ったな?」
広範囲に散りながら探知範囲にはそれなりの数がいたのに、今日は疎らだ。気配はかなり警戒してるっぽい。
「……バッフがいるな……」
ミシニーがぽつりと呟いた。
「熊か?」
「いや、簡単に言えば蜘蛛のバケモノだ。巣を張って獲物を引っかかるのを待っている」
あー蜘蛛かー。動物系だけじゃなく虫系もいるんだー。それも失念してたわー。
「不用意に入るのは危険か?」
山の中に入って処理肉をばら蒔きたかったが、砦の麓辺りにしておくか?
「いや、雨が降っているなら都合がいい。バッフを狩るぞ。デカブツなら魔石を持っているかもしれないからな」
そう言うと、鼻をクンクンとさせたら生い茂る山の中へ入っていった。
オレもリュックサックにつけたマチェットを抜いてミシニーのあとに続いた。
ミシニーは立ち止まることなく木々の間を進んでいき、不意に立ち止まると、しゃがんで前方を指差した。
オレもミシニーの横にしゃがみ、なんだと目をすぼめる。
「…………」
一瞬熊かと思ったが、熊サイズの蜘蛛が糸に絡まったゴブリンを……吸っていた。ゴブリンを補食するヤツいるじゃん!
「今年の山は不作なようだ。ゴブリンなんて狩って」
……ゴブリン、不作でもないと補食されないんだ。お前ら、どんだけ不味いんだよ……。
「どう倒すんだ?」
「こうだよ」
人差し指を蜘蛛に向けたら火が灯り、次の瞬間、膨れ上がって撃ち出された。
速度はそれほどないが、当たった威力はエゲつない。蜘蛛がゴーゴーと燃えているよ。そりゃ、雨が降ってて都合がいいはずだ。乾燥してたら山火事一直線だよ!
「もう金印になれよ」
「金印なんて面倒なだけさ。特にエルフの女は、な」
エロオヤジにでもセクハラでも受けるのかな? 女も大変だ。
鎮火して動かないことを確認したら近づき、脚を切り落とし、腹を向けさせたら剣を突き刺した。グロッ!
「少し小さいが、不作だったならこんなものか」
ウエスを取り寄せてやり、体液のついた魔石を拭かせた。
「土の魔石だ。バッフのは質がいいんだ」
「へー。他にもいるかな?」
「いや、バッフは縄張り意識が高い。縄張りに入ったらどちらかが死ぬまで戦う魔物だ」
それはなにより。こんなのがいたら山なんて入りたくないよ。
バッフがいないなら適当に処理肉をばら蒔いていく。
昼までやったら砦に戻り、今日は寒いのでシチューでも作るとしようか。
調理担当の女たちと作っていき、煮てる間にホームから巨人パン(勝手に命名)を持ってきて各自で切り分けてもらう。
「タカトさん。下はどうでした? 雨も弱まってきたので木を伐りにいこうかと思いまして」
食後、ルスルさんが話しかけてきた。
コーヒーを淹れてやり、バッフのことやゴブリンがいないことを話した。
「そうですか。春までは魔物も多く現れていましたが、ゴブリンの王が立ったこととなにか関係があるのでしょうか?」
「関係あるのかも知れませんが、真実は誰にもわかりません。ですが、関係あると思って行動するほうがいいでしょうね。なにもかも失ってからでは遅いですからね」
魔王軍の幹部が動いていたとなれば、すべてのことは繋がっていると見るべきだろう。
「あなたが言うと重く感じますよ」
「どう受けとるかはそちらの自由。オレはゴブリンを駆除するまでですよ」
個人で魔王軍と対峙できるわけでもなし。大群で攻めてくるならそれは国の仕事。まあ、ゴブリン軍団を出してくるなら協力しないこともないがな。
「とにかく。オレたちは四日くらいゴブリンの餌づけをします。それが終われば一度戻ります」
申し訳ないが、こちらはこちらの事情を優先させてもらいます。そちらはそちらでやってください。って思いを乗せてルスルさんを見た。
「……わかりました。水の心配がないだけ仕事が楽になりましたからね。四日もあれば最低限の修繕はできるでしょう」
まずはそう決めて午後も処理肉をばら蒔きに出かけた。
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