第191話 美味いものを食うために

「お久しぶりです」


「ああ。無事帰ってこれてなによりだ」


 まったくだ。まさか特異種(結局どんな姿かわからなかったよ)が出てきて、危うく死にかけたんだからな。


「その様子だとなにかあったようだな」


「悲しいかな、いろいろあるのはいつものことですよ」


 まだこの世界にきて一年も経ってないのにゴブリン王と戦うわ、上位種、特異種、果ては魔王軍のミサロに会うわ、もうお腹いっぱいだよ。


「そうか。まあ、女神の使徒たるお前に平穏はないな」


 そうはっきり言われるとわんわん泣きたくなる。いや、アラサーが泣いてもカッコ悪いだけだから泣かないけどさ。


 ギルドマスターを家に迎え、酒──ではなく、ミルクティーとケーキを出してロースランの報告と討伐の証たる耳を見せた──ら、捨ててくれて構わないとのことだった。あとでゴミ捨て場に放り投げておくか。クーラーボックスごと。


「そうか。なら、こちらで関係各署に報告しておく。これは、討伐の報酬とダインの護衛費だ」


 テーブルに金貨一枚を置いた。


 討伐と護衛で金貨一枚は破格すぎることはオレでもわかる。これは、口止め料も含んでいるんだろう。なので、なにも言わず受け取った。


「館、かなりできてるようだな」


 ギルドマスターも余計なことは言わず、話題を逸らした。


「ええ。報酬を弾みましたから張り切ってやってくれてます。あ、森の奥に訓練場を造りたいんですが、税金とかかかります?」


「コラウスの領は人が住んでるところまで。もし、コラウス辺境伯の庇護を得たいのなら認めよう。その場合はラザニア村に払うことになる」


「どんな庇護がもらえるんです?」


「魔物が溢れたとき街に逃げ込めたり、町や村に住める権利が与えられる」


 それだけ? それが庇護になるのか? 


「払ってない人はどうするんです? 街にいますよね?」


「万が一のときは徴兵して最前線に立たせる」


 エグッ! そのためにいるのかよ! おっかねー時代だな!


「巨人と言い、浮浪者と言い、せっかくある人材を放置しすぎですよね。オレならその日の食事を報酬に道の整備をさせますよ。道がよくなれば町と町の往来がしやすくなりますからね」


 主要道でも穴が開いてたり溝が深くなってたりと走り難いところが多々ある。せめて定期的に穴や溝を埋めて欲しいよ。


「そうしたいが、予算がな……」


 見てる限り、コラウスが貧している様子は見て取れない。麦の生育もいいような感じだし。領内に回してないのなら外に流れてる、ってことか?


「王都、ですか」


「勘がいいのもどうかと思うぞ」


「勘ではなく、よくある話ですよ。田舎の人が都会を目指すってのは」


 政治は金がかかることくらい誰でも知ってること。会社にもよく候補者が演説にきたり、社長が政治パーティーにいったりしてたっけ。


「まあ、なんにしろ、余ってるならオレが使わせていただきます」


「なにを考えている?」


「巨人を味方につけることを考えてます」


 この先を考えたら巨人を味方につけておくべきだろう。魔王軍に目をつけられたんだからな。


「言っておきますが、オレは人間と戦うつもりはありませんよ。こちらを侵害しなければ、ですが」


 さすがに敵になったら自分の命と仲間の命を守るために戦わなくちゃならない。その責任と義務がオレにはあるんだからな。


「……ミシャに伝えておこう」


「よろしくお伝えください。オレとしては長くここにいたいので」


 帰る場所は築いておきたい。今後、どうなるかわからないとしてもな。

 

「ああ。しっかり伝えておくよ。こちらとしてもタカトとは友好的でいたいからな」


 そのためには密な関係を結ぶ必要がある。


「時間があれば夕食でもどうです? 今日は新たな仲間の歓迎と仕事の打ち上げとして豪華にしようと思ってるので」


 ビシャとケーキ食べ放題を約束したしな。ギルドマスターも誘っておこう。あとで知られて恨まれても嫌だし。


「ああ。ご相伴になろう」


 ってことで焼き肉とケーキ食べ放題の用意を始めた。


「焼き肉とケーキなんて酷いよ! お腹一つしかないのに!」


「さっきオヤツ食べちゃったよ! タカトのいじわる!」


 獣人姉妹からの謂われなき抗議。


「じゃあ、ケーキ食べ放題は明日にするか?」


「「どっちも食べる!」」


 なにこの理不尽は? なんで抗議されたのよ?


「新たな仲間とはミシニーだったのか?」


「はい。タカトといると仲間を失うこともないですから。単独で行える依頼なら受けますんで安心してください」


 二人は面識があるようで、自己紹介もなく語り合っている。


「わかった。支部には通達しておく。タカトを頼むぞ」


「ええ」


 なにやら意思疎通された会話である。二人はどんな関係なんだ? 上司と部下のような関係に見えるが?


「タカト、どうしよう? もう五割になった」


 ラダリオンが涙目になりながら胃袋の状況を訴えてきた。


「お前の病気が治ってる証拠だ。腹は満たされてるんだろう?」


 暴食のことは伝えて、食後に回復薬を一粒飲ませている。急激に治させても意識と胃袋が合致しなくてストレスになるだろうからな。少しずつ慣れさせたほうがいいはずだ。


「……うん……」


「なら、これからは腹を満たすより味を楽しめ。これからはもっと美味いのを食わしてやるから」


 これまでは味より量だった。胃袋が小さくなるのなら有名店のケーキを買ってやれるだろうよ。


「……食べれないのは不安だけど、そうする……」


 食後に一粒は効きすぎたか? ストレスがかかってるようだから一日一粒に切り替えるか。


「腹一杯にはなるんだろう?」


「うん」


「腹一杯になってたらその不安もなくなってくるさ。美味しいものを美味しく食べろ。この肉はゴブリン三匹駆除しないと食えないものだぞ」


 ゴブリン換算ってのが食欲なくすが、ラダリオンには効果的。食べれない不安など吹き飛ばして百グラムうん千円の牛肉を頬張り出した。


 明日からまたゴブリン駆除に励むとするか。美味いものを食うために、な。



                第4章 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る