第70話 宿屋
ルスルさんがこれはギルド職員以外見せることはできないのですが、と前置きをしてマルスの町の周囲が描かれた地図を見せてくれた。
地図と言っても縮尺も適当なもので、主要なものしか描かれてないが、オレが描いたものよりはマシにできているのは確かである。
方位磁石を取り出し、地図の上に置いて方位を確認。この地図は街から見て描かれているものだとわかった。
「それは、魔法ですか?」
ん? なにが? て目を向けたら地図の上に置いた方位磁石をつかむルスルさん。
「いえ。ただの道具ですよ。方角を知るための」
なんです、いったい?
「方角を知るためのですか。これは貴重なものなので?」
「銅貨一枚くらいのものですね」
百円ショップで売ってるような安物だ。別に高いからと言って方角が変わるわけじゃないしな。
「売ってもらえますか?」
「十五日後には消えるものですよ」
「銅貨一枚で十五日も使えたら充分です。これ一つだけですか?」
ラダリオンが持っているものを出してもらい、ルスルさんに渡して銅貨二枚を払ってもらった。
「これはどう使うんですか?」
漢字で東西南北を示してるからルスルさんにはわからんわな。
使い方を教えると、頭のいいルスルさんはすぐに理解。羊皮紙にこちらの言葉で翻訳していった。
「なるほど。世の中にはおもしろいものがあるんですね」
あることが当然な世界で育っただけにルスルさんの新鮮さはわからないが、この世界に方位磁石がなかったことには驚いた。まだ発明されてないのか? ただルスルさんが知らないだけか? てか、オレやっちゃいました?
い、いや、ダメ女神が異世界人を送り込んでいる時点で責任はダメ女神にあるってこと。オレが文句言われる筋合いはないはずだ。
ウム。オレは悪くはない。これはダメ女神が導いた行為である。ハイ、決定。
そう解決できたので、地図上でゴブリンが出るところを教えてもらい、そそくさと支部をあとにした。
「すみません。この近くに料理屋なり休めるところはありますか?」
先ほどの中年男性に尋ねたら支部を出て右に進めば繁華街があるそうで、冒険者がよく利用するロドムの家と言う宿屋と酒場が合体したところがあるそうだ。
礼を言って向かってみると、なかなか立派な建物だった。
冒険者相手だから安宿を想像してたんだが、外見も立派なら中も立派で、よく掃除されているのがよくわかった。ここの冒険者は稼ぎがいいのか?
ロンダリオさんたちのチームがいたが、とりあえずカウンターに向かった。
「二人で泊まれる部屋借りたいのですが、一泊いくらですか?」
カウンターに立つのはこの店の女将さんだろうか? 失礼な言い方だが、娼館にいそうなくらいエロい女性である。オレは好みじゃないがな。
「素泊まりなら銅貨三十枚。大銅貨なら三枚よ。食事は別途ね」
大体三千円くらいか? 元の世界で考えたら随分と安いが、こちらの世界なら高いのか? よくわからんわ。
「細かいのがないで銀貨でもいいですか?」
「ええ、構わないよ」
銀貨を一枚出すと大銅貨四枚が返ってきた。大銅貨は一枚千円になるのか?
ちなみに銅貨は一円玉くらいで大銅貨は百円玉くらいのサイズ。形は歪な丸です。
女将さんに案内された部屋は二階にあり、ベッドが二つあるだけの質素なものだった。ネットカフェと比べたら三千円は高いな。
「うちは洗濯も請け負ってるから、そこの籠に入れて出してちょうだい。下着なら銅貨二枚。魔物の血で汚れた衣服とかは外に出すから高くなるから」
なるほど。ここは高級なところだ。別途料金で稼いでいるならな。
「わかりました。ここ、持ち込みはできますか?」
「ああ、構わないけど、食べるときは食堂を利用してね。汚したら追加で払ってもらうからさ」
「気をつけます」
女将さんが下がり、ドアを閉めたらセフティーホームに戻った。HスナイパーやMINIMIが邪魔だったんだよね。
「ラダリオン、なにか食べるか?」
「買ってあるケーキを食べる」
「夕飯寿司にするからあんまり食べすぎるなよ」
「ケーキは別腹だから大丈夫」
そんな言葉どこで覚えたんだか。いや、オレか。ビールは別腹とか言ったような気がする。
「今日は終わりにするからゆっくりしてていいぞ。オレは食堂にいって地図を描くからよ」
部屋に閉じ籠ってたらあらぬ誤解を受けそうだからな。身の潔白を証明するためにも食堂に顔を出しておこう。
武装はカーゴパンツにグロック19を入れ、腰のベルトにナイフ。筆記具、スケッチブック、ワイン二本をショルダーバッグに入れて食堂へ向かった。
食堂にくると、ロンダリオさんたちのチームは酒盛りしていた。まあ、あれだけ稼げばしたくもなるわな。
「これで酒のツマミになるものを頼む」
持ち込み可とは言えなにも頼まないのも悪いと、食堂のウェイトレスだろう女の子に銅貨五枚を渡した。
「羊肉の煮込みならすぐに出せますが、それでいいですか?」
「ああ。それで構わないよ。あと、コップも頼むよ」
「は~い。少しお待ちくださいね~」
女の子が厨房へ下がり、適当な席についた。
ショルダーバッグから筆記具とスケッチブック、ワインを出した。
ツマミが運ばれてくる前に支部で見せてもらった地図を思い出してオレなりにわかるよう描き写した。
「へー。上手いもんだな」
いつの間にかロンダリオさんが同じ席にいた。忍者か、この人?
「素人の描いた大まかな地図ですよ。距離も適当ですし、高低差もわからない。道も正しいかわからない。可能なら空から見た様子を描きたいくらいです」
グー○ルアースを見慣れた者としてはなんとも心ともない。一度回ってみないとダメかもしれないな。
ロンダリオさんの空になったコップにワインを注いだ。
「是非ともここで活躍してる冒険者からご教授を受けたいものです」
フフッと笑ったロンダリオさんがワインを飲んで顔色を変えた。一本千円のワインは美味しいでしょう。
「それ相当のお礼はさせてもらいますよ」
また空になったワインを注いでやった。
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