第9話 抱擁

 

 乃亜の親御さん達とは会った事あるけど、他の兄弟の方とは穂玖斗さんが初めてだ。

 乃亜の2つ年が上なら、咲夜と同じ三年生か。


 髪をわずかに残した坊主頭で、宗司さんに似て野性味のある顔と眼力が特徴的な人だ。

 宗司さんの身長が190センチを超えてるらしいけど、穂玖斗さんもそのくらいはありそうなくらい体が大きい。

 宗司さんに比べ体型は細く見えるけど、宗司さんをアメフトの選手としたら、穂玖斗さんはボクサーみたいな体型であり、十分強そうだ。


「乃亜に沢山兄弟がいるのは聞いていたけど、この学校に在籍してるとは知らなかったな」

「すいません言ってなくて。出くわさなければ、わざわざ先輩の時間を使ってまで紹介する人でもなかったので」


 実の兄に対して随分と辛らつだね。


「乃亜の言う通りだ! わざわざお前ごときに乃亜の時間を割く必要などない!」

「このように自分の都合のいいように話を捻じ曲げるので、基本無視でいいです」


 とんでもなく面倒くさい人物なようだ。


「乃亜ちゃんのお兄、さん?」

「咲夜さんが疑問に思って首を傾げる気持ちも分かるわ。乃亜さんの親御さん達とは違う雰囲気だもの。

 でも乃亜さんを大切に思っていそうなところは、お父さん譲りなのかしら?」


 一番似て欲しくないところが似てるじゃないか。


 前に乃亜と宗司さん達とのメッセージアプリでのやり取りを見たけど、乃亜に対する過保護っぷりが酷くて、次に会った時何を言われるのかと思うと怖いよ。

 そんな宗司さんに似てるとか、僕にとっては悪夢以外の何物でもない。


「えっと乃亜はこう言ってますけど、僕は――」

「誰の許しを得て、乃亜を呼び捨てにしてるんだゴラァ!!」


 自己紹介しようとしたけど、凄い面倒くさい絡まれ方をされた。


「なんで穂玖斗兄さんの許可がいるの。むしろわたしがそう呼んで欲しいとお願いしたんだよ!」

「……そうか」


 おっ、分かってくれたか?


「てめえ、乃亜を脅しやがったな?」


 何も分かってくれなかったか。


「俺の可愛い乃亜を脅すとか、いい度胸してくれてんじゃねえか……!」

「わたしに関しては終始こんな調子で周囲に喧嘩を売るから、お父さんやお母さん達に寮生活が出来る冒険者学校に無理やり放り込まれた事に気付いてよ……」


 宗司さん達が物理的に距離を取らせようとする人物か。

 ……この学校、個性の塊しかいないの?

 今のところまともに話したのは3人だけだけど、無駄にキャラが濃いよ。


「ハイハイ、それ以上留学生ちゃんをイジメる様なら、あたしが許さないわよん」

「うおっ、京之介!? てめえ、いつからここに居やがった!」

「最初からいたわよ。あと、あたしの事は苗字かケイ呼び以外認めないって何度言えば分かるのかしらん」


 和泉さんは素早く穂玖斗さんの腕を掴み、自身へと引き寄せていた。


「や、止めろ! 悪かった、俺が悪かったから許して――」

「んふふ、ゆ・る・さ・な・い」


 引き寄せた勢いを利用して、そのまま正面から抱き着くと鯖折りへと移行。


「ぐぎゃーーー!!」

「「「うわぁ……」」」


 和泉さんの顔面を間近に見ながらの鯖折り。

 精神的にも肉体的にもダメージが半端ないね。


 体格で言うなら、ボクサー穂玖斗さんプロレスラー和泉さんに熱い抱擁を受けている様に見え、その光景はこちらの心まで抉ってくる。

 穂玖斗さんはその鍛え上げられた肉体でなんとか拘束を逃れようとしているけど、細マッチョがガチムチから逃れられるはずもなく、数秒後には肉の万力に押しつぶされていた。


「さて、早速ですが建物の見学もできますか?」

「今のをスルーするの?!」

「その愚兄はその辺に捨てておけば、その内復活するでしょうから問題ありません」


 お兄さんに対してホント容赦ないな。


「自分は教室にいる時に割と見る光景だから慣れてるけど、よくアレをスルー出来るね」

「穂玖斗兄さんの自業自得ですし。和泉さんにはそのまま愚兄を捕まえていただけると助かります」

「うふふ、家族公認ね」

「ゆ、許して……」


 先ほどまで元気一杯だったのに、今は蚊の鳴くような声しか出せていないその姿は、哀れとしか言えないよ。


「まあいいや。穂玖斗君が大人しくなったし、案内の続きといこうか」


 矢沢さんはそう言いながら目の前の建物へと入っていくので、僕らも後をついていく。


「えーと、どこまで話したっけ? あ、そうそう、シミュレーターや模擬戦の話はしたよね。その模擬戦なんだけど、ほら、あそこ」


 矢沢さんが指し示す先には、石畳が沢山敷かれた真四角の舞台。

 その4隅には大きな石の柱が立っており、中々壮観だった。


「見た目は凄いんですが、なんで石畳に石柱?」

「舞台が石畳なのはダンジョンの環境に近づけるためかな。ほとんどのダンジョンは石造りだからね」


 なるほど。

 あの校長辺りが、昔の漫画の影響を受けて冗談で作ったとか、そんな理由かと思っちゃったよ。


「そしてあの石柱はアーティーファクトなんだ。あれで結界を張ると、中に入ってる人は結界内でどれだけ大怪我をしても、外に出れば怪我がなかったことになる優れものなんだ」


 へー、あれがアーティーファクトなんだ。

 アドベンチャー用品店じゃ、魔道具までしか売ってないから初めて見たよ。


 魔道具は人の手でも作れるけど、アーティーファクトは人の手で作れずダンジョンから出てくるものの事を言う。

 ……それにしても、あんなデカい石柱を持って帰って来たの? って、〔マジックポーチ〕があればいけるか。


 僕は凄いなーと思っていたところ、いつの間にか和泉さんの腕から解放された穂玖斗さんが、僕の前に立ち指さしてきた。


「決闘しろ!」


 …………え、嫌です。

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