第21話 パンが無ければお菓子を食べればいい理論

 

 矢沢さんが全員に方針などを話し終えた後、すぐに行動を開始した結果、“取り込まれた生贄”を人海戦術で倒しまくり20本の短剣を集める事が出来た。


 おそらくまだ8本あるはずなのだけれど、これ以上迷宮の探索を行わず【魔女が紡ぐ物語ミノタウロス】に挑む事になった。


 その一番の理由が、時間だ。


 既に半日近くこの迷宮に閉じ込められたせいか精神的な疲労感も強く、異空間に閉じ込められている現状で助けは絶望的なので、全員の気力が恨みや復讐であったとしても、気力が満ちている内に戦うべきだという判断からだ。


 もしかしたらまだ生き残っていてどこかに彷徨っている人がいるのかもしれないけれど、“取り込まれた生贄”を探している時にほとんど見つける事が出来なかったため、下手に探し続けるよりもミノタウロスを倒してしまった方が良い。


 ……全員が口には出さなかったけれど、ここにいない人はもう死んでしまっている可能性が高いと誰もが思ったから、探したりはしないのだろうけど。


 そういう訳で全員が豪華な扉の前で最終確認を行うために集まっていた。


「これから中にいる本物のミノタウロスを倒しに行くよ。それじゃあ前もって準備する必要があるスキル持ちは準備して!」


 矢沢さんが豪華な扉の前に立ち、何人かの人間を呼び寄せる。

 その人物達は条件を満たす事でバフを与える事の出来るユニークスキル持ちだった。


「それでは男の人達は全員四つん這いになって、わたくしに踏まれなさい!」


 その中には見知った人物もいて、一際異彩を放っていた。そう、不川さんである。


 不川さんの持つスキル、[女王の号令]は男限定だけど、主従のような関係を持っていれば大人数にバフを与えることが出来るのは、矢沢さんの[アイドル・女装]と同じだ。

 ただ、その[女王の号令]を使うために関係性を持たなければいけないとはいえ、ほとんど顔を合わせた事ない人に踏まれるのは気分的に微妙だ……。


「……不川さん、別の方法はないの?」


 僕は不川さんに思わず尋ねずにはいられなかった。


「あなた気になさいますの?」

「そりゃ誰だって……あなた?」

「「「はぁはぁ」」」


 砂糖に群がる蟻のごとく次から次へと不川さんの足元による男達。

 それを嫌な顔せずにわざわざ靴を脱いで踏んでいく不川さん。


「1回踏まれたら早く別の人に代わりなさいな」

「「「そ、そんな……! もっと踏んでください!」」」

「変態じゃないか。何で踏まれたいって思うんだよ……」


 よく見たら大樹まで他の男達と一緒になって四つん這いになってるし。


「馬鹿野郎蒼汰! お前はいつだって踏んでもらう事が出来る立場にいるかもしれねえが、オレ達はこのチャンスを逃したら、お金を払ったとしても女子に踏んでもらえるか怪しいんだぞ!」

「そこまでして踏んでもらいたいの!?」

「大人になってから周りの人間に、女子高生に踏まれたことあるんだぜ、って自慢できるだろうが!」

「それは自慢していい事なの!?」


 友人の頭がもうダメかもしれないと思ったけど、まあいつもの事か。


「踏む以外の方法となりますと……」


 不川さんが顎に手を当てて、ハイハイして来る男達を流れ作業で踏みながら何かを考え始めた。


「自分はバフがあっても無くても自分の身を完全に守るスキルがあるから、踏まれる必要はないかな。あまり踏まれたいとも思わないし」

「あたしもそんな趣味はないわねん。でもあたしは前衛だし、少しでも強化しておくに越したことはないから踏まれてくるわん」

「はぁ、仕方ねえな」


 矢沢さんは僕と同じで支援タイプだからあまり強化の意味はないけど、和泉さんと穂玖斗さんは前衛のため渋々踏まれに行っていた。

 ここにいる男達全員が女子に踏まれたい願望がある訳じゃなくて良かった。

 四つん這いにならず自身の足を踏まれる程度ならいいんだけど、背中を踏まれないといけないのがな~。


「万全の態勢で臨んだ方がいいから蒼汰も踏まれて来いよ。全く移動しなくて済むとは限らないんだから、少しでも強化してもらった方がいいだろ?」


 不川さんに踏まれたことで若干嬉し気な表情になってる大樹が、非常に否定できないもっともな事を言ってきた。


「……あまりいい気分はしないけど、仕方ないかな」


 さすがに命には代えられないし。

 逃げ足が少しでも速くなるのであれば、やってもらっておいた方がいいよね。


 でも乃亜達の前でそれを見られることには少し抵抗が……。


 そんな風に僕が若干葛藤している間に、いつの間にか矢沢さんと僕以外の男達全員を踏み終えた不川さんがこちらに顔を向けて来た。


「鹿島さん、閃きましたわ。こちらに来て足を伸ばして座っていただけません?」

「え、一体何をする気?」

「いいですからお早く。あまり皆さんを待たせていると、士気を下げる事になりますわよ」


 そう言われたらさっさと済ました方がいいかと、不川さんの元に行き素直に座る。


 もう諦めたから踏むなら踏むで、とっとと済ましてよ。


「それでは失礼しますわ」

「は?」


 不川さんは何故か僕の膝に座ってきた。


「わたくし考えましたの。踏まれるのが嫌なら座ればいいじゃないと」


 この女王、パンが駄目ならお菓子お尻でいいじゃない、みたいな事言い始めたぞ。


「くそう……。蒼汰のやつ、上手い事やりやがって……!」


 大樹が周りの男達と一緒に僕に理不尽な怒りを向けてくるけど、この状況は断じて僕のせいじゃないよ。


「上手くいきましたわ。これで鹿島さんにもバフを与える事が出来ますわ」


 不川さんは周囲の状況が目に入っていないのか、そんな呑気な事を言いながら立ち上がった。

 凄いなこのマイペースさ。さすが女王。


 さて僕も立って最終確認を――


 ――ストン


 ………。


「何で座ってるの、乃亜?」

「上書きです」


 頬を膨らましているけど、もしかして怒ってる?


 ちょっと珍しい乃亜の姿に気を取られていたせいで、冬乃と咲夜が左右から近づいてきた事に抱き着かれるまで気が付かなかった。


「蒼汰、浮気はいけないわ」


 一方的に座られてただけなのに!?


「ハーレムに入っていない人とエッチな事しちゃダメ」


 してませんけど!?


 乃亜達に抱き着かれているせいか、周囲の視線がドンドンときつくなっていく中、何故か理不尽に責められる事になった。

 不幸中の幸いとして周囲の人達のモチベーションは上がったようだけど、僕への殺意まで上がっちゃってるよ……。

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