第20話 悪い事ばかりが起こるのが人生ではない

 

 “取り込まれた生贄”を数体倒し、そろそろ決めた集合の時刻が近づいてきたので一旦戻った時のことだった。


 ――ポウッ


「ん? おい、蒼汰。おめえの体、光ってないか?」

「へ?」


 穂玖斗さんに言われて自分の体を見てみると腹部辺りが仄かに光っており、その光が徐々に大きくなり僕の全身を包み始めた。


「大丈夫か蒼汰?!」

「あ、うん、大丈夫」


 焦った様子で僕に聞いてきたけど、これは1度だけ使われた事のあるスキルの現象であり、僕自身には何の影響もないため問題ない。

 むしろこれが使われたと言う事は、その人物が近くにいると言う事を意味するので逆に嬉しい知らせだと言える。


 光が僕の全身を覆った後、それが上って柱の様になる。

 そして足元から光が僕らが先ほどまでいた場所の方に向かって伸びていき、その光のある空間で雨がポツポツと降り始める。


「せんぱーーーーい!!!」

「蒼汰!!!」

「蒼汰君!!!」


 光りの先から、この迷宮に取り込まれてもっとも聞きたかった声が3つ聞こえてきた。


「良かった、みんな無事――ゴフッ!」

「先輩が無事そうで本当に良かったです! この迷宮に飛ばされた直後なんて生きた心地がしませんでしたよ~」


 乃亜が駆けてきた勢いのまま僕のお腹にダイレクトアタックをし、そのまま流れるようにその両腕を腰へと回し、ベアハッグを決めてきた。


「ぐっ、あ、あ゛あ゛……」

「先輩先輩先輩~」


 ヤバい。声もまともに出せない力で胴体を締め付けられてて、息も出来ずかなり苦しい。

 柔らかい体の感触? 感じる余裕なんてありませんね。


「乃亜さんストップ!? 蒼汰の顔が凄い事になってきてるから!」

「乃亜ちゃん、ダメ」


 咲夜がやんわりと注意する口調とは裏腹に、べりッと乃亜を僕から引きはがしてくれたお陰で苦しさから解放された。

 はぁはぁ、空気が美味しい!


「ごめんなさい先輩。衝動が思わず止められなくて」

「こ、今度からは手加減して……」


 レベル差なんて10も離れていないはずなのに、何でこんなにも力に差があるのかが不思議だ。

 敵と直接戦っているのと後ろから支援しているだけなのでは、身体能力の成長にも差があるのだろうか?


「蒼汰君、無事でよかった」

「本当よ。蒼汰1人でこの迷宮を彷徨ってると思うと、不安でしょうがなかったわ」


 咲夜と冬乃が左右から僕の腕をとって抱きしめてくる。

 咲夜はともかく、冬乃までそんな行動に出るとは。

 少しだけ冬乃は腕をとるのに躊躇したような素振りを見せたけど、顔を赤くし耳と尻尾をピンっと立てて抱きしめてきた。

 普段ならこんな事しないはずなのにビックリだ。


「成長したわねん。行動しないでする後悔は何よりも辛いものよん」


 そして唐突に現れた、あたかも人生の酸いも甘いも知ったかの様なおねえが、したり顔で穂玖斗さんを拘束していた。


「んーーー!!」

「ダメよ穂玖斗ちゃん。恋人たちの逢瀬に無粋なことしちゃいけないわん」


 手で口を押えて喋れない様にしている辺り、意地でも邪魔をさせない意思を感じるなぁ。


「先輩、わたしも混ぜてくださーい!」

「おっと!」


 空いてる正面から、一度引き離された乃亜が再びくっついてきた。

 今度はくっついてきただけだったので痛みはなく、むしろ乃亜の胸の柔らかい感触――いやそれを意識したら、両腕で感じる冬乃の微かながらも確かに存在しているものと、咲夜の腕が埋まるほどの存在感のあるものの感触が……。


「世の中、不平等すぎる……!」

「さすがハーレム君だね~」


 大樹は膝から崩れ落ちていて、このみさんが呆れた目でこちらを見ているのに気が付いて少し冷静になれたけど、自分からこの状況をどうにかする事も出来ず、落ち着くまでしばらく時間がかかった。


 落ち着いたところで“糸”を回収しながらそれを辿って、豪華な扉から少し離れた場所へと戻ってきた。

 合流出来た数も多くて結構な人数になったけれど、今いる場所の空間は結構広くて200人近い人数が集まってるにもかかわらず、そこまで狭いとは感じなかった。


「そっか。鈴が……」

「そう……」


 そしてそこでは現状の報告を互いに行う事になり、見知ってる者同士で誰が死んでしまったかなども話し合っていた。

 鈴さんが死んでしまった事に悲し気な表情を浮かべる矢沢さんと和泉さん。

 両者とも目に涙を浮かべており、ここが迷宮内でなければ人目もはばからず泣いていただろう。


「…………海晴と雄介があの中で……」

「そんな……。ボクが、ボクがその場にいたならば……!」


 省吾城壁さんは小声ではあるも智弘デッキさんに、海晴エルフさんと雄介付与さんが死んでいた事を伝えており、それを聞いた智弘デッキさんは悔しそうに拳を震えるほど強く握っていた。


 他のところでもすすり泣く様な音が聞こえていたりしていたけれど、しばらくすると全員が無言で黙っていた。


「みんな、聞いてほしい」


 完全に静まったタイミングで矢沢さんが全員の注目を集める。


「先にここに来ていた人達は既に行動していたようだけど、改めて全員に今後の方針や情報を共有したい」


 矢沢さんはそう話を切り始めると、“取り込まれた生贄”からドロップする短剣や、あの豪華な扉の中にいるミノタウロスについて話し始めた。

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