第19話 前に向いたけど

 

 食事休憩をしながら相談した僕らは3組に別れてこの迷宮内を探索する事になった。


 ……正直あの光景の後だと誰も食欲なんて湧かなかったけど、体力回復のために全員が無理やり食べた。

 気を紛らわすために今後の方針も相談しながらだったけど、そのお陰かなんとか胃に詰め込むことが出来たよ。


 それはさておき方針として2つの組は“取り込まれた生贄”を倒す事に注力し、本体であるミノタウロスを倒す鍵となり得る短剣を手に入れる為に行動する事になった。

 そして肝心の1組だけど、このチームはミノタウロス本体がいる部屋の豪華な扉から少し離れた場所で待機だ。


 理由は2つあり、1つはまだ合流出来ていない人が間違って入ってしまわない様に監視してもらうためだ。

 もしも万が一、後から来た人たちがあそこに入ったら、鈴さん達の二の舞を演じる事になりかねない。

 そうならない為の監視が1つ。


 そして主な理由として、僕らが再びここに戻ってこられるよう“糸”の先を持っていてもらうためだ。


 現在位置がどこかも分からなくなる迷宮内で、元の場所に戻るのは至難の業だ。

 そこで神話に基づき、僕が[フレンドガチャ]で大量に入手している日用品の中で糸やロープなどを結んで垂らしながら進むことで、元の場所に戻ることが出来るようにした。


 ……なんでこうも日用品が活躍するんだろうか?

 意外とダンジョンで日用品って有効なのかな?


 いや、本来なら[マーカー]というスキル、その場の座標を記録することでどの方向が登録した場所なのか分かる能力や、[帰巣本能]という文字通り拠点への道が分かるスキルなんかが有効なんだろうけど。

 ただそういったスキルは誰も持っていなかったので、こうした力技で解決する事になった。


 まあ待機組に“糸”をわざわざ持ってもらわずに、ダンベルに括り付けたのを見てもらっているだけなので大した負担にはなってないはず。それよりも――


「あの場所での待機は大変そうだけど大丈夫かな?」


 あんな【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】がいるすぐ近くの場所で待機なので、攻撃を仕掛けない限り敵から気づかれにくくなる[隠密]を使える人物だけが残ることになった。

 しかしいくらそんなスキルがあるとは言え、戦闘出来る者の大半が“取り込まれた生贄”を倒す為に行動しているので不安は大きいんじゃないかと思う。


「最悪その場から逃げるよう言ってあるし、[隠密]持ちはそもそもパーティー内じゃ斥候の役割を担ってるやつだから足は速い。

 むしろ逃げるだけならあいつらだけの方が楽なんじゃないか?」


 穂玖斗さんがそう言うなら問題ないだろう。

 僕らがあの場から離れる際も、「ここは任して先に行け」って親指立てて言ってたし。


 ……本当に大丈夫か? いや、ふざけられるくらいには余裕だと思っておこう。


「おっ、運がいいな。あそこ見てみろよ」


 大樹が指さす先には“取り込まれた生贄”がおり、まだこちらに気が付いていない。


「それじゃあ私がやるわ~」

「おう。このみが[火魔法]使ったら俺らでトドメ刺しに行くぞ」

「了解っす」


 穂玖斗さんの指示に大樹は返事し、他のみんなもそれに頷いた。

 僕はもちろん待機である。


「燃え尽きろ~〝ファイヤーボール〟」


 燃え尽きろって、一撃で倒す気ですか?


 このみさんが放ったファイヤーボールが“取り込まれた生贄”の胴体に命中。

 苦しそうに藻掻いている隙に穂玖斗さんと大樹が真っ先に近寄り、両腕を大剣で斬りとばし、後から来た他の人達がトドメを刺していた。


「あいよ蒼汰。拾ってきたぜ」


 ドロップした短剣を持ってこちらに戻ってきた大樹は、少しだけ上機嫌な様子でその短剣を僕に渡してきた。

 パーティーメンバーが3人も殺されていたせいか、先ほどまで一言も喋らなかっただけにこの変化は一体……?


「どうした蒼汰?」

「あ~いや、さっきまで落ち込んでたのに少しマシになったけどなんでかなって思って」

「……ああ。確かにオレが冒険者になってずっと一緒にダンジョンに潜っていたけど、今ここで嘆いていても仕方ないしな。悲しむならダンジョンを出てから、な……。

 それにもしもオレが落ち込んでるせいで死んじまったら、先にあの世に行ったあいつらに怒られちまうぜ」

「あー……うん、そっか」

「そう思ってたのが1つと、蒼汰のバフが思ったよりも凄くて驚いたのもあってな」


 僕の[チーム編成]スキルは3人までしか登録出来ない為、先ほどまで穂玖斗さん、省吾城壁さん、このみさんを登録していたけれど、現在は省吾城壁さんから大樹に変更した。

 その理由としては、省吾城壁さんが[城壁生成]で壁を作って敵の攻撃を防ぐ事に特化してるので、バフをかけても移動能力が上がるくらいであまり恩恵がないのである。

 結果として大樹にバフをかけた方が敵を倒すのに役立つという事になったのは当然の流れだった。


「乃亜達と合流出来たら、そのバフは無くなるけどね」

「まあそれはしょうがねえな。たった3人にしかバフをかけられねえのが惜しいぜ」

「そうだね~。うちの会長も人を強化する事に特化してるけど~、鹿島君と違って質より量だからね~」

「会長さんもかなり凄いですけどね」


 何百人とバフをかけられるとか、いくら何でも規格外すぎると思う。


「早く会長達と合流したいね~」

「そうですね」

「早く合流して……」


 ボソリとこのみさんが呟いた言葉は、傍にいた僕にも聞こえなかったので誰にも聞こえなかっただろう。

 だけどおそらく口の動きからこう呟いた気がする。


 ――早く合流してあいつを殺しに行きたい


 大樹は徐々に立ち直ってきた気がするけど、このみさんは少しマズイ方に前を向き始めたのかもしれない。

 ミノタウロスを倒す際、暴走しないといいけど。

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