第23話 第二の試練〝雪の道〟(8)

 

 すごい偶然でアンの襲撃を回避する事ができた僕らは、またアンに襲われることが無いようすぐに矢印に従ってその場から離れようとした。しかし――


「おかしいです。矢印を指す先が行き止まりの方向になっています」


 右の壁も左の壁も何故か行き止まりの方を指していて、そこで矢印は途絶えてしまっていた。


「まさか発情度が高くないと矢印の偽物と本物の区別がつかなくなるとか、そんな訳ないよね?」

「はぁはぁ、こんなふざけた試練をするのだもの。……十分ありえる、わね」


 冬乃の言う通りな気がしてきた。

 そうなってくるとさっきアンを逃がしてしまったのは失敗だったかな?


 だけど2回分の発情を受けるのは勇気がいるし、さっきまでかなりの覚悟を決めてようやく発情を受けようとしたのに肩透かしだったし、それでもう1度花粉を受けようという気にはなれないな。


「でも、エバノラはあと少しでゴールって言ってた、よね?」

「そうですね咲夜先輩。そうなってくるとこの近くにゴールがあってもおかしくないはずなんですが……」

「だけどさっきまで通って来た道で、ゴールらしきものなんて無かったと思うんだけど……」


 一応壁に描かれている矢印に従って動いていたはずなんだけど、やっぱりどこかで見落としてしまったんだろうか?

 そうでなかったら、こんな行き止まりに来てしまうことなんてないはずだし。


 そう思いながら何と無しに行き止まりの壁に近づいた時だった。


「ん? なんか書いてあるような……」


 今見えている矢印よりもあまりにも薄く書かれているそれに、かなり壁に近づいてようやく気付いた。


 〖押して♡〗


「なんかイラッとした」

「分かります」

「はぁはぁ、こんだけふざけた試練で最後にこれとか……」

「ハートがいらない、よね」


 普通に〖押して〗と書いてあればこんな気分にもならなかっただろうに、何故かハートマークがあるだけで少し不愉快になってしまった。


 まあこんな事にイラついても仕方がないので、とりあえずさっさとゴールしようと僕らはその壁を押しながら前へと進んで行く。


 すると雪の壁は教室の扉程度の大きさの分だけ僕らに押されることで押し込まれていく。

 それはまるで発泡スチロールでも押しているかのような軽やかな重みしか感じなくて、本当にこれは雪なのかと思うほどだった。


 そうして完全に雪の壁から抜きとられた先に待っていたものは――


『おつかれさま~。第二試練クリアおめでと~!』


 エバノラが両手を広げて待っている姿だった。


「チェンジで」

『私しか試練側の存在はいないのに!?』


 試練に苦しめられたんだから、この程度の罵倒にもならない悪たれ口を言ってもいいでしょ。


「うわっ、先輩見てください。ここ入口のすぐ横ですよ」

「えっ?」


 乃亜が指さす先には確かに僕らがこの迷宮に入った時の入口があり、こんなにも近くに入口と出口がある事に唖然としてしまった。


「……もしかしてこの迷宮、入ってすぐに赤の花で右の壁を抜ければゴールだったの?」

『そうよ。必死に2時間近くアンに追い掛け回されながら歩く必要は全くなかったわね』


 殴りたい。

 そう思ったのは僕だけではないはずだ。


「ま、まあそんなの答えを知っていないと分からない事なんですから、仕方がないですよ」

『発情する花粉に覚悟を決めて受けようとするのも仕方のないことなのよ』

「デコピンでいいから殴らせて」


 その2頭身の体ではデコピンでもダメージデカそうだけど、そんなの知ったことかって言いたくなるくらいしばきたいよ。


『イヤ~ン、暴力はんたーい』


 クルクル僕らの周囲を回りながら楽しそうにエバノラは笑っているけれど、僕らにばかり構っていてもいいんだろうか。

 遠くの方では男性Bと女の人がいるのが見えるんだけど、そっちは無視でいいの?


 そんな風に思っていたら背後の方でゴゴゴと雪がせり上がっていき、ゴールを隠してしまった。

 なるほど。だから男性Bがいるのに壁が埋まっていたのか。


 いや、そんなどうでもいい事はさておき、今はこの発情状態だけど……。


「冬乃、今の状態のまま耐えられそう?」

「……な、なんで?」


冬乃がすがるように掴んでいる僕の肩にかかっている力が少し強くなったので、それを感じて申し訳なくなってしまうけど、これは仕方がないことなんだ。


「冬乃先輩、第一、第二の試練ともに発情状態が重要でしたし、最後の第三の試練もこの状態である事が重要な可能性はありますから今のままでいる方がいいと思いますよ」


乃亜が僕の言いたいことを言ってくれたので僕はそれに同意すように頷くと、背後から少し大きなため息をしているのが感じられた。


「……分かったわよ。なんとか、耐えてみるわ」

「うん、ありがとう。乃亜に咲夜も大丈夫だよね?」

「はい、問題ありません」

「最初は慣れなかったけど、だいぶマシになってきたから、ね」

「良かった。それじゃあこのままで待機……このままで?」


 左右から顔を赤くさせ色っぽい吐息を出してくる乃亜と咲夜がいて、背後には息を荒げて時折唇を僕の首へとつけてくる冬乃がいるこの状態で?


 さっきまでは迷路から脱出する目的があったからある程度気が紛れていたけれど、待機状態で何もしてないと3人の感触を意識してしまってかなりマズイよ!


「エ、エバノラ! 早く次の試練に行かないの?」

『まだ2時間経ってないし、盛っているとはいえ迷路の中にいる以上試練中だから、それを無視して次に行くわけにはいかないわね。ふふっ』


 男性C、まだヤられていたのか……。


 というかエバノラ。

 僕のこの状態と耐えてる様子を見て笑わなかった?


 くっ、早く第二試練終わってくれないかな……。


「あ、蒼汰君。咲夜だけおんぶしてもらえなかったから、試練が終わったらでいいから後でおんぶして、ね」


 どうやら僕の試練は外でも続くようだ。

 耐えてくれよ、僕の理性!

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