第22話 第二の試練〝雪の道〟(7)

 

 エバノラが僕らの前から消えた後、気を取り直して僕らは迷路を進んで行った。


 時折現れるアンに対して青い花と緑の花を使わざるを得ない場面が何度かあり、現在青の花は使い切ってしまい、緑の花が1つと一応使う予定もないけど持っている赤い花だけが手元にあった。


「アンから逃げる為に使える花は緑の花1つだけ。そろそろゴールに辿り着けないと、花粉の餌食になりそうだ」

「そうなってしまったら、はぁはぁ、迷宮を進むのはまず無理でしょうね」


 息を荒くして言われると、まるでお預けされてる犬の目の前にいるエサになったような気分になるよ。

 お願いだから食べようとしないでね。


「試練中じゃなかったら、襲ってた、ね」

「試練じゃなかったら、そもそもこんな状態になっていないけどね」


 咲夜は正直に自分の気持ちを吐露したんだろうけど、このタイミングでされると恐怖でしかないね……。


「はぁはぁはぁ」


 背後から聞こえてくる冬乃の荒い息がヤバい。

 他の誰よりも荒くて、ちょっとでも隙を見せようものなら襲われてしまいそうだよ。


 早くゴールに辿り着いて冬乃はおろか全員を咲夜に治してもらいたいところだけど、いつになったらゴールに辿り着けるんだ?

 エバノラ曰く、あと少しで辿り着けるみたいな事言っていたけど、そう言われてからもうかなり歩いてるような……。


「アンッ」


 早くゴールに辿り着きたい焦燥感を抱いていたら、背後からアンの鳴き声が聞こえてきた。


「みんな、急ごう」


 幸いにも少し離れた所にいるみたいでまだ背後にアンの姿は見えないし、少し早歩きで移動すればアンに花粉をかけられることもないはず。

 手元にある花に青い花が無い上に、分かれ道がないから緑の花も使えない以上今は急ぐしかない。


 大丈夫だ。

 矢印に従って進めば行き止まりに出くわす事もないし、このまま逃げ切れる――はずだった。


「え、嘘だ!? なんで行き止まりが……!」


 確かに矢印に従ってここまで来たはずなのに……!

 焦ってどこかで見落としたのか?


「アンッ」


 そんな事を考えている暇なんてなかった。


 なんとかこの窮地から脱する方法。

 それが何かないか必死に頭を巡らせる。


 だけど手元にある手段は、赤と緑の花が1つずつ。

 行き止まりに来てしまった時点でアンから逃げるには赤の花を使わなければならないのに、赤い花は1つで2人までしか壁抜けを行えないから4人全員は逃げられない。


 ならどうする?


 禁則事項に暴力行為と建築物破壊行為がある以上、アンを遠距離から撃退することもできないし、雪の壁を壊して道を作ることもできない。


 ならスキルは?

 壁を壊さず、アンへの暴力行為だと認定されないもの。


 乃亜の持つ派生スキルなら基本的に敵に直接攻撃するようなスキルはないから暴力行為には該当しない。

 だけどこの現状を打開するためのものでもないし、せいぜい[クイックセーブ&クイックロード]で発情をリセットする程度。

 乃亜がリセットできても3人は2回分の発情を受けるし、冬乃に至ってはその2回目でアウトになる可能性が高い。


 いや待てよ。

 2回目の花粉を受けた瞬間[クイックセーブ&クイックロード]発動して、冬乃にキス。

 それで発情を半分に移す事で乃亜と冬乃は1回分の発情で済む――けれど問題は咲夜だ。


 僕自身、1回までなら余裕と思っていたのに、直に触れている状態で受けた発情は思いの外キツイものだった。

 なのに2回受けた状態で直に触れていて果たして我慢ができるかどうか……。


 性行為が禁則事項でない以上、耐える理由が薄いから厳しい気がする。


 なら他のスキル、たとえば冬乃の[幻惑]なら?

 いや、アンに効くかも不明だし、何よりそれが暴力行為に該当する危険がある。

 そもそも今の冬乃の状態でまともにスキルが使えるかも怪しい。


 なら手っ取り早く咲夜の[全体治癒]で全員の発情をリセットすればいいのだけど……問題は矢印が全く見えなくなってしまうこと。


 先ほどまで矢印を頼りにゴールを目指していたはずなのに、気が付けば行き止まりに来ている以上、ここでヒントを失えば間違いなく時間内にゴールには辿り着けないだろう。


 先に[全体治癒]で全員の発情をリセットして、もう1度アンの花粉を受ける方法なら問題ないか?

 いやダメだ。ここで[全体治癒]を使ってしまえば今日の残り使用回数は1回。

 第三の試練が何かも分からない状態で[全体治癒]の使える回数が1回だけになるのは危険だし、試練が全て終わった後用に最後の1回だけは残しておきたい以上、ここで使えばもう第三の試練は受けずにリタイアしないと人生が色々な意味で詰む気配しかしない。


「アアンッ」


 くっ、ダメだ。

 いい考えが浮かばない。


 僕のスキルは? って、クソの役にも立たないじゃないか!!


 そうこうしている内にドンドン近づいて来ているのが、アンの鳴き声の大きさで分かってしまう。


 ダメだ、焦るな。

 落ち着いて考えよう。

 唯一この場で使える手札、それは赤い花と緑の花。

 あとは[クイックセーブ&クイックロード]か[全体治癒]。


 アンの花粉を受けない為には僕の手に握っている赤の花を使うしかないけど、2人しか逃げられない以上使えないし、緑の花では時間稼ぎにもならない。

 もう、無理か?


 [クイックセーブ&クイックロード]で咲夜が耐えきるのに賭けるか、[全体治癒]を1回使って第三の試練の内容に賭けるのか?


「先輩、わたし達は先輩の判断に従いますよ」

「うん、我慢しろって言うなら頑張って耐えるし、頭を冷やすために少しの間離れていてもいい」

「はぁはぁ。あんな花粉なんかに、負けてたまる、もんですか……」


 無意識に考えが口から出ていたらしい。


 ……ははっ。どうするか色々考えていたけれど、どうやら僕は大事な事を忘れていたみたいだ。


「……みんな、頑張って耐えてみようか」

「はい」

「うん」

「……分かった、わ」


 3人は僕の大切な仲間だ。

 ならそんな仲間達を信頼しなくてどうするんだろうか?


 きっとみんななら耐えてくれる。

 ……耐えてくれるよね?


 いけない、今一瞬不安になった。

 大丈夫、大丈夫なはず……。


 どうせ第三の試練もろくでもないものなんだろうから、ここで耐えられないならどの道第三の試練でも耐えられないだろう。

 だから[クイックセーブ&クイックロード]で耐えきる作戦を選ぶことにしたけれど……、緊張からかだんだん喉が渇いてきた。


 こんななし崩しでみんなとそんな体で繋がるような関係になってはいけないという想いから、体を強張らせ冷や汗が出てきてしまうな。


 そうやって身構えている時、ヤツはやって来た。


「アンッ」

「来たな、今までで一番の最悪の敵!」


 禁則事項が無かったら即行で倒しにいってる厄介なヤツ。

 そいつが呑気にトットットとまるで嬉し気な足取りでこちらに近づいて来た。


 これから花粉を受ける事を考えると手が震え、今にも禁則事項を破ってでもこの場から逃げたい――そう考えていたからだろうか。


 うっかり手に持っていた赤と緑の花、両方ともスルリと手からこぼれ落してしまった。


「あっ、しまっ!」


 手から落ちた花は天井がない迷宮のせいで上から吹いていた風に乗り、赤い花は僕らから少し離れた雪の壁に、緑の花はその近くに落ちてしまう。


 それだけで花は効果を発揮してしまい、赤い花は壁に光の渦を作り、緑の花は人並みに大きくなっていく。


「ごめんみんな。花を無駄にした……」

「使ってしまったものはしょうがないですよ先輩。それに赤い花はどうせ持っていても使えませんでしたし」


 そう乃亜が僕を励ましてくれた時、奇跡が起こった。


「アンッ!」

「「「「えっ?」」」」


 緑の花で出来た囮はなんと光の渦の中に入ってしまい、アンはそれに引き寄せられるように渦の中に入っていってしまった。


「……助かった?」


 囮とアンが通っていった光の渦は消えてしまい、壁の向こうではアンの鳴き声が響くのが聞こえてきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る