第25話 返して……

 

「じゃ、行ってくる」


 咲夜は僕らに一言そう告げると、乃亜のいる方へ先ほどまでの動きとは段違いのスピードで駆けて行った。


「[強性増幅ver.2]、ある意味恐ろしいスキルね」

「ばぶ(全くだ)」


 嬉し恥ずかしな目に遭う事に目を瞑れば、ホント有能なスキルなんだよな。

 あのスキルが仮に冬乃にまで効果が及ぶようだったら、この小さな胸にも吸い付くところだったのか……。


「なに人の胸を見てるのよ」

「だっ(何でもないです)」


 私の胸にも吸い付きたかったのかと言外に含んでいるけど、もう別の意味でお腹いっぱいです。


 まだ乃亜達ならともかく、冬乃にそんな事したら今後どんな顔をすればいいか分からないから、冬乃の胸にまで吸い付くことがなくて良かったと深く息を吐いた。


「あんた、今赤ん坊だからって殴られないと思ってない? 人の胸見てため息ついてんじゃないわよ!」

「ば、ばぶばっ(ご、誤解だっ)!?」


 ため息なんてついたつもりなんて、これっぽっちもないのに!

 けして、あの2人と比べると持つ者と持たざる者の差が酷いなとか思ってないよ?


 ……………ちょっとは思ったりしてる。

 いやだって、向こうは赤ちゃんの手のサイズだと余裕で埋まるのに対して、咲夜から冬乃が僕を預かった時に触れた胸は、ちょっと凹んだ? くらいだったし。


「ここがダンジョン内じゃなかったら、私はあんたを地面に叩きつけていたわ」

「ばぶっ(何も言ってないのに)!?」


 ――ガンッ!

 ――ガッ、ドゴンッ!


 おっと、今はまだ片瀬さんとの戦闘中だった。

 同年代との授乳プレイに、いつの間にか意識の奥にまで片瀬さんの存在が引っ込んでいたけれど、さすがに激しい戦闘音でそちらに意識が向いた。


「はあっ!」

「やあっ!」


 乃亜が大楯でシールドバッシュをするかのように、片瀬さんを押しやり、体が一瞬宙に浮いて身動きが出来ない瞬間を狙って、咲夜が蹴り飛ばしていた。

 痛みを感じていないせいか、苦し気な声1つ片瀬さんは上げないけど、今のは肉体に相当なダメージを負ったはずだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」


 なのにまるでダメージを受けていないかのように、素早く起き上がって再びこちらに向かって駆けだしてくる。

 機敏なゾンビかな?


「何度来ても無駄です。はあっ!」


 ――ゴゴンッ!


 片瀬さんの突撃を乃亜はその大楯で受け止める。

 受け止めた時の音は、まるでドラム缶に硬い物でもぶつけたかのような音だったけど、乃亜の体はピクリとも動かず、その衝撃を受け止めきっていた。


「はっ!」


 ――ドゴッ!


 そして乃亜に突撃を止められ、静止した瞬間を狙って、咲夜が片瀬さんの胴体を殴り飛ばしていた。

 [強性増幅ver.2]の効果は凄まじく一方的な展開で、その後も何度も何度も片瀬さんが突っ込んでくるのを受け止めるのを繰り返していた。


「返して……返して……」


 しかし普通の人間であれば、一撃も食らえば起き上がれないような衝撃を受け続けても、片瀬さんは突撃を止めようとする気配はなかった。


 [自動再生]で肉体が回復しているせいで何度でも向かって来れるんだろうけど、いくら何でも限度があるでしょ!?


「くっ、しつこいですね」

「この人に蒼汰君を戻す方法は聞き出せそうにないから、さっき逃げた人達に聞きたいところだけど……」


 咲夜はまだ[鬼神]があるから、さらに強化することで[自動再生]も追いつかないダメージを与え、片瀬さんを完全に機能停止させることは出来るはず。

 だけどそれは、人としての形を欠損させる覚悟を持って攻撃しなければいけない。

 さすがに咲夜にそんな事は頼めないし、誰よりも優しい性格の咲夜にはそんな事できっこないだろう。


 いくら相手がこちらに危害を加えてきたとはいえ、人間相手には殺すことはおろか、重傷を負わせる覚悟なんて高校生の僕らにありっこない。


 出来れば動けなくなる程度の傷で倒れてくれればいいのに、[自動再生]のスキルで何度も回復するから厄介だ。


 こうなったら逃げたいところなんだけど、このまま逃げたら僕は赤ちゃんから人生をやり直さないといけなくなる。

 それは勘弁して欲しい。


 もしかしたら時間が経てば元に戻る可能性も大いにあるけど、出来ればその確証が欲しいところ。

 なんとかならないものかと唸っていたら、片瀬さんの様子が変わった。


「ああ……、ああ……」


 先ほどまで天井を蹴ったりして、スーパーボールのように激しい動きをしていたのに、急に動きが遅くなって足を引きずるようにこちらに向かって来ていた。


「スキルの効果切れかしら? 私のスキルみたいに、体そのものが永続で変化したままになるならともかく、 [身体強化]なんかは時間制限があったはずよね?」


 ユニークスキルじゃない、普通のスキルに関しては詳しく知らないけど、乃亜の[強性増幅ver.2]だって効果切れになるんだし、片瀬さんの今の動きを見る限り冬乃の言う通りだろう。


 良かった。

 これで片瀬さんを捕えて、次に他の2人、せめてどちらかだけでも捕まえて、僕を戻す方法を聞き出せれば万事解決だ。


 他のみんなもそう思ったのか、片瀬さんを捕えようとした時だった。


「いや……、いやーーーーーーーーー!!!!!!」


 うわっ、なんだ!?


 片瀬さんが絶叫を上げて、狂ったように頭を掻きむしり始めた。


「マズイ!? もっと離れるぞ門脇君!」

「は、はい!」


 離れたところに潜んでいた中川が、焦った声で僕らを挟んで反対側にいた門脇に指示していた。


 なんだ? 何が起きるんだ?


「全員ここから離れましょ!」


 すぐさま冬乃が乃亜達にそう言うと、全員が片瀬さんから離れようとしたけど、それより早く片瀬さんが〔桃源鏡エンドレス デイリー〕を再び出現させた。


「返して……。あの日々を返して! 〔桃源鏡エンドレス デイリー夢幻牢獄ハルシネーション〕!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る