第26話 ぶちぎれ案件
「それで仕事って何するの?」
「今のこの状況ならする事は決まってるよね?」
彰人はそう言って赤い石の方を見る。
「彰人は精神世界に入れるスキルを持ってたんだ」
「まあそんなとこ。いつまで経っても試練がクリア出来そうにないから、そういう能力を持ってる人間が世界中からかき集められてるみたいだよ」
そうだったのか。
……遅くね?
3週間経ってようやくとかぶちぎれてもいい案件では?
「………精神世界に干渉できる人間を探すのに手間取ったんだと思う」
オルガはそう言うけど、それでも遅すぎると思うんだよ。
初日から動いていたとしても3週間は腰が重すぎやしないかね?
まぁ来ただけマシだと思おうか。
彰人以外にも様々な人種の人達が集まってきて、中には背中に蝙蝠の翼が生えている明らかに異界の住人の人もおり、アメリカ、もしくは世界政府がそれだけこの事態に危機感を覚え、力を入れた結果なのかもしれない。
実際、アメリカの情勢はこの3週間で悪化しており、悪夢のストレスのせいかストライキやボイコットが各地で起きてしまっており、経済活動に大きな打撃を受けている。
大国であるアメリカの影響は当然世界中にも影響を及ぼしており、物価の高騰など影響が出ているので、誰もがこの事態を早く解決したいと思っているのだろう。
そんな簡単に解決するならこんなに苦労してないけどねえ!!
いかん、心の怒りが漏れかけた。
ちょっと自制しないといけないなと思った時だった。
「ごじゅじん゛ざま゛ーー!!」
泣いているよう、いやもう完全に泣きながらこちらに向かって駆けてくる人物がいた。
僕を素通りしてそのまま何故か彰人の足にすがりつき始めたのは、なんとエマさんだった。
「は? え、なに、ご主人様?」
混乱する僕らの事など見えていないかのようで、エマさんは周囲の目など全く気にせず彰人にしがみついていた。
「私頑張りましたよ……! でももう限界ですー!!」
え、何これ?
何でエマさんが彰人にすがりついてご主人様呼びしてるの?
あまりの事に困惑していると、彰人が困った表情を見せながらエマさんを見下ろしていた。
「うんうん。何のことかよく分からないけど、君疲れてるんだよ。てい」
「はぅん」
彰人が首を傾げながらエマさんの背中に軽く掌底を打ち込んだ。
「さて、それじゃあ蒼太は僕らが応援に来た事だし、2、3日くらい休んでいるといいよ」
「まって彰人。今の光景はスルー出来ないんだけど。ご主人様って何さ?」
「さあ何の事だろうね? きっと彼女は疲れていたんだ。だから気にする必要はないよ」
気にするなと言われても無理があると思うよ。
2人がどんな関係なのか気になる。
ただせっかく休めるチャンスなのに、はぐらかす気満々の彰人を問いただすのは時間の無駄な気がする……。
いっそのことオルガに彰人とエマさんの関係性を聞くという手もありだけど、友人が言いたくない事を無理に聞き出したくはないしなぁ。
まあここはスルーでいいか。
ぶっちゃけ精神的に疲れてるし、友人が言いたくない事を無理に聞き出したくもないし。
「……ん、分かった。でも休むならいつまでもここにいないで、部屋に戻る。
蒼太も咲夜ほどではないけど、相応に疲弊してるのだから」
オルガが僕と乃亜の手を掴むとそのまま来た道を戻ろうとしたので、待ったをかける。
「〝窓〟を作り直さないと他の人が中の様子を確認出来ないから、それだけはやらないと」
〔
「それじゃあ彰人、お言葉に甘えて今日はやることやったら休ませてもらうよ。死にはするけど死ぬわけじゃないから頑張ってね」
「凄い言葉の矛盾を感じる」
それはそう。
でもそうとしか言えない以上仕方ないよね。
エマさんを抱えて移動し始めた彰人を尻目に、僕らは赤い石へと近づいてもはや恒例となった〝窓〟作りを行っていく。
相変わらずの大食い大会映像であり、それが十数個と前よりも増えているのは心が折れてここから先に進めなかった人が続出してしまったせいだ。
人が死ぬほど苦労しているというのにこいつらは……、と思いはするけどそれを伝える手段はないのでどうしようもない。
やるせない気持ちを抱えながら極力無心で〝窓〟を作っている時だった。
「またあんたは普通ならしなくていい苦労をしてるのね」
「え、母さん!? なんでここにいるの!?」
背後から声をかけてきた人物はまさかの母さんだった。
いるはずがない人物がそこにいたことで驚いてしまい、〝窓〟を作る手を止めてしまう。
「なんでも何も、今ここにいるってことはそういう事でしょ」
「え、母さんも精神世界に入れるスキル持ち!? いつそんなスキルを手に入れたのさ?」
「あ~、うん、離婚する直前、かしらね?」
なるほど。離婚する前に収入を得る手段が欲しくて、冒険者をやっていた時期があったということか。
親なのにまさかそんな事をしていただなんて知らなかったなぁ。
母さんを意外に思っていると、オルガが突然僕の服を引っ張ってきた。
「……蒼汰。この人、何者?」
「え? 何者って母さんだけど?」
「……心がまるで読めない」
オルガが困惑しているような表情を浮かべていた。
今まで読心できなかった相手がいなかっただろうから焦っているんだろうけど、心が読めないって母さん何をしたらそんな事ができるの?
「ああ、その事ね。心が読めるのは知ってるわ。だけど一切心を読ませない方法もあれば、表層だけしか読ませない方法もあるから、その力を過信して人を信頼したりするのは危険だから気を付けた方がいいわよ」
オルガの[マインドリーディング]って対人において強力なスキルだと思っていたけど、まさか対策できるだなんて思いもしなかったなぁ。
もしかしたら母さんが言う様に、オルガが出会った人の中で母さんのように完全に隠すのではなく、知られたくないことだけ隠している人もいたのかもしれないね。
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