第18話 第二の試練〝雪の道〟(3)

 

「今のところ行き止まりはないからこの道で正解だったのかな?」


 とりあえず入った場所から反対の位置を目指し、僕らは迷路を進んでいく。

 幸いにもアンに追いつかれないで済んでいるので、もしかしたら誰かが犠牲になっているのかもしれないけど……処女でも童貞でもないなら問題ないでしょ。


「迷路だと右手法とか左手法とか言うのがあるけど、あまり時間をかけていたらアンに追いつかれちゃうものね」

「ああ、壁に常に手をつけて前に進む方法じゃ時間がかかるよね」

「アンッ」


 ……今、何か聞こえなかった?


 どこからともなく女性の甲高い声が聞こえてきた。


「アアンッ!」


 しかもその声はどんどん近づいている様で、僕らが来た方向から声がどんどん大きくなっている。


 嘘でしょ?

 まさかヤリながら進んでくるという暴挙に出ているやつがいるのか?!


 性欲に身をゆだねたまま迷路を進む荒業を使う猛者がいたのかと戦慄し、できれば一刻も早くこの迷路を進みたかったけど、ここで運命の神は僕らの敵となった。


「なっ、い、行き止まり……!」


 曲がり角を曲がるとそこは行き止まりであったため、僕らは引き返さなければならないのだけど、こんな間の悪いタイミングで戻りたくはない。


 しかし現実は非情。

 嬌声がドンドンと大きくなり、その声の主が近づいてくるのが分かる。


「アッ、アアンッ!」

「ちょっ、どうするのよ?!」

「さすがに人が致してる場面に遭遇したくありませんね……」

「向こうからやって来るんだけどね」

「逃げ場がない。赤い花、使う?」


 まさか植物のアンから逃げる為ではなく、嬌声のアンから逃げる為に使うかどうかを迷う場面が来る事になるとは想定もしていなかった。

 しかしだからこそ言いたい。


「こんなアホな事に赤い花を使いたくないな!」


 1回しかできない貴重な壁抜けを、こんな理由で使うのは馬鹿げていると思ってしまうのは仕方がないと思う。


 そうやって僕らが葛藤している間に嬌声の主はやって来てしまった。


「アンッ」


 植物のアンだった。


「「「「紛らわしいわ!!」」」」


 何で植物が鳴くのか、その鳴き声が何で嬌声にしか聞こえない鳴き方なのかとツッコミどころは色々あるけれど、僕らがやらなければならない事は1つだった。


「赤い花!!」

「結局使う事になりましたね」


 こちらに嬌声のような鳴き声を上げながらトットットと近づいてくるアンから逃げる為、すぐさま赤い花を2つ壁に叩きつける様に押し付ける。


 すると赤い花はすぐにその効力を発揮し、レジャー迷宮の入口のような光の渦が出来たので僕らはすぐにそこに飛び込んだ。


「アンッ、アンッ」


 高い壁の向こう側からアンと鳴くアンの声が聞こえてきた。

 逃げる事はできたけれど、こんな序盤でいきなり赤い花を使ってしまうだなんて……!


「これでもう行き止まりがあった時には逃げきれませんね」

「しょうがないけど、残りの花でなんとか頑張るしかない、ね」

「あんた達2人、そのいいねポーズをしないで言ってみなさいよ」


 色々な意味で絶体絶命な状況になってしまった。

 迷路であるならば探索能力のあるクロとシロの出番なのに、[放置農業]を起動させてもその画面から消えたままだし、困ったものだ。


 幸いなのがアンが壁の向こう側にいるので、しばらくは発情花粉の餌食にならずに済む事だけど、それも時間の問題だろう。


 咲夜の[全体治癒]が使えるのは残り2回だけど、次の試練も似たような目に遭う事が予測される以上、出来る限りそのスキルの使用は控えたいところ。


「とりあえず進むしかないし、先を急ごう」

「でもその前に交代ですね。次は冬乃先輩です」

「あ、ありがとう。助かるわ。動いていたとはいえ、さすがに寒かったもの。でも私が先で良かったの咲夜さん?」

「大丈夫。辛いのはみんな同じだし、咲夜ならまだ耐えられるから」


 問答している時間がもったいないと言わんばかりに素早く乃亜が僕の背中から降りて、すぐに冬乃が僕に乗った。


「寒くはなくなったけど……これは、恥ずかしいわね」

「う~わたしは寒くなりました。仕方がないとはいえキツイですね」

「私が[狐火]を使えれば良かったんだけどね」

「冬乃の[狐火]が雪の壁に当たったら禁則事項に抵触してしまう以上仕方ないよ」


 冬乃が[狐火]を使用して暖をとる作戦も考えたけれど、熱で雪の壁がとける場合も禁則事項に抵触してしまう可能性が高い以上、不用意にその手段をとるわけにはいかなかった。


 それはともかく今度は冬乃の番か。

 冬乃は乃亜や咲夜に比べて胸に差がある事に落ち込んでいたけれど、けして無い訳ではないし、冬乃の体が背中に触れている以上、どの道ドキドキしてしまうことには変わりない。


「……重くない、わよね?」

「全然大丈夫だよ」


 レベルアップで多少は力が付いているのでこのくらいは余裕だ。

 どちらかと言えばこの状況に耐える精神力の方がヤバいくらいである。

 精神力まではレベルアップで成長してくれないんだよ……。


「寒いですけど水着でくっ付いていられる時間は希少ですね。寒いので早くゴールしたい気持ちと、まだゴールしたくない気持ちで揺れそうです」

「分かる」


 嬉しいけど時と場合を考えよう。

 時間をかけていたらアンに追いつかれてしまうから、時間はかけられないよ。

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