第34話 枯れ木に火を

  

≪蒼汰SIDE≫


「反転しろ。〔忌まわしき穢れはブラック逃れられぬ定めイロウシェン黒水偽鏡インバージョン〕」


 スッと頭にその言葉が降りてきた。

 以前1人でダンジョンに入って〔典外回状〕を試した時と違い、まるで〔忌まわしき穢れはブラック逃れられぬ定めイロウシェン〕そのものから名前が伝わってきたかのようだ。


 いやこれが本来の〔典外回状〕だからこそ、前に課金出来かけた時には名前が浮かばなかったんだろう。


「これが本当の〔典外回状〕……」


 見上げると今も僕の頭上で雲から黒い雨が降り注ぎ、黒い水が地面に広がり続けている。

 その水は触れた相手へとへばりつくようで、ヤ=テ=ベオが枝や根っこにへばりついている水を振り払おうとしても、完全には振り払えず枝や根の表面は黒く汚れてしまっていた。


 そしてその水に触れている相手は、自身の持つ能力が反転してしまう。


「ヤ=テ=ベオの能力、エナジードレイン。それが無かったら僕は死んでいたな……」


 今もヤ=テ=ベオを苦しませドンドン枯れていってるのは、自身の持つその能力のせいだ。


 ヤ=テ=ベオに食べられて無数の木が僕を貫いたけど、頭と心臓に刺さらなかったお陰で即死はまぬがれた。

 だけど大量の血が流れていく感覚はしていたので、〔典外回状〕を発揮できなければものの数秒で死んでいたのは間違いないだろう。


 正直危ないところだったし本当に死んだと思った。

 だからこそ〔典外回状〕を発揮できたんだろうけど。


 そう考えたことで、ふと思った事を口にしていた。


「……ガチャ欲より、死の恐怖が勝ったのか」


 僕も所詮、普通の人間だったか……。


 若干自身のアイデンティティの喪失を覚えながら、僕は今もなお苦しみ弱っていってるヤ=テ=ベオへと目を向ける。


 ヤ=テ=ベオが未だに人間を捕まえたままでいるせいで、エナジードレインの効果は反転して自身のエネルギーを分け与え続けてしまっている。

 さすがにそれが原因だと気が付いたようで慌てて人間を振り払っているけれど、すでに枯れ木寸前のようになっていて、倒すのは容易だろう。


「冬乃、撃ってくれ」

「分かったわ蒼汰。〈解放パージ〉!」


 放たれた[狐火]5発分を圧縮し倍の威力を持つ炎は、枝も根っこも捕まえていた人間を振り払うために使っていたヤ=テ=ベオに防ぐ手立ては無かった。

 その炎は高速で飛んでいき、何にも遮られることなくヤ=テ=ベオへと直撃した。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』


 その一撃で顔のある部分へと直撃し爆発。

 ヤ=テ=ベオは横幅の三分の一が吹き飛んでいるのに、耳障りな悲鳴を上げていてしぶとい奴だ。

 もしもエナジードレインが効果を発揮していれば倒すのに苦労した相手だろうけど、そんなもしもはありえない。


「もう一度だよ」

「オッケー!」


 スキルのスマホを操作し、ヤ=テ=ベオが倒れるまで冬乃に何度も遠距離から〔籠の中に囚われし焔ブレイズ バスケット〕を使ってもらうと、ヤ=テ=ベオが顔の箇所が完全に墨になって真っ二つに割れた。

 まだ生きているのかと呆れていたところで、ようやく全身が淡い光に包まれると光の粒子となって消えていく。


 ――ポンッ


魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が倒された証拠である報酬の宝箱が目の前に現れたので、ヤ=テ=ベオを倒す事が出来た事を確信した。


「あっ……」


 安堵したことで気が抜けたのか、急なめまいに僕は膝から崩れ落ちてしまう。

 全身に力が入らなくて、そのまま地面へと倒れていった。



≪矢沢SIDE≫


 鹿島君と白波さんがあっさりと2体目の【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒してしまい、2人の目の前には宝箱が現れた。

 だけど鹿島君が倒れた事により、白波さんは自身の目の前に現れた宝箱を無視して高宮さんと一緒に鹿島君の元へと駆けつけに行った。


 目の前の宝よりも優先されるぐらいに想われているのは少し羨ましいと感じるよ。

 強制的に女装をさせられている自分は、いつか誰かと付き合える日が来るのだろうか?


 鹿島君が倒れると同時に、広い範囲で広がっていた黒水は最初っから無かったかのように消えてなくなった。

 それに触れていた何人かの人達は気だるそうな状態から一転して機敏に動き始めたから、あの黒水は強力なデバフ効果のあるものなのだろう。


 思わず先ほどの光景を分析してしまったけれど、そんな事よりももう1体の【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】、ミノタウロスがまだ倒れていないはずだけど、そっちはどうなってるんだ?

 出来れば早く決着をつけて欲しい。もう、喉が限界で歌う余裕がないんだけど……。


 その心配は杞憂に終わった。


『ブモオオオオオ……』


 断末魔の叫びなのか、ミノタウロスの悲し気な叫び声が聞こえてきてヤ=テ=ベオと同様に全身が淡い光に包まれている。


 ――ポンッ


「えっ?」


 自分の目の前に宝箱が現れたことにビックリしてしまった。

魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒すと手に入れられる特別な報酬、【典正装備】。

 確か最大で4人、【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒すのに貢献した人物が得られるものを自分が得られるなんて思ってもみなかったよ。


 ……嬉しくは、ないけどね。


 こんなものより、みんなが、鈴が生きている事の方が何倍も嬉しかったかな……。


 ――ピロン 『レベルが上がりました』

 ――ピロン 『条件が満たされました。最終派生スキルを獲得しますか?』


 何だって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る