第33話 墨汁の池
≪乃亜SIDE≫
「いやああああ、先輩ー!!」
木の根に絡まれて、そのまま食べられてしまう先輩をただ見ている事しか出来なかった。
絶望が心の中を覆いつくし、全身から血の気が引いた気分になりめまいがして倒れそうになりました。
しかし倒れている場合じゃありません!
「邪魔!!」
木の根がわたしを捕らえようと向かってくるので、わたしはそれを振り払いながらヤ=テ=ベオに先輩を吐き出させるために走り出す。
しかし無数の根っこが行く手を阻むように生え、近くにいる人間を襲うので前に進むことが出来ない。
「[狐火]!」
冬乃先輩もわたし同様に先輩を救おうと動いていますが、[狐火]の一撃で木の根が燃え尽きることはなく、火がついても振り払われて消火されてしまいます。
その隙になんとか前進しようと試みても、根っこの数の多さに下手すれば捕まえられてしまう以上、無理に突っ込むことも出来ない。
「どうしたらいいんですか!?」
泣きたくなる気持ちを無理やり抑えて大楯を振るい、今もキャハハと笑い続けるヤ=テ=ベオへと近づこうとしました。
『キャッ、ギャバッ』
しかし突然ヤ=テ=ベオの様子がおかしくなったので、思わずそちらに視線を向けるとおかしな光景が広がっていて思わず足を止めてしまいます。
ゴポリと音を鳴らして、ヤ=テ=ベオの顔のような部分が突然膨れ上がり、中から溢れ出ない様ヤ=テ=ベオが必死に口を閉じようとしていました。
ですが口の隙間から何か液体のようなものが漏れ出てきています。
あれは一体……?
その答えはすぐに分かりました。
「あれは……墨汁? はっ、先輩!」
ヤ=テ=ベオを中心に急速に周囲へと広がる黒い液体。
それは明らかに墨汁であり、先輩が〔
つまり先輩がまだヤ=テ=ベオの中で抗っており、生きている証拠です!
「冬乃先輩!」
「分かってるわ!」
わたしは冬乃先輩と共にヤ=テ=ベオに向かって走っていきます。
ヤ=テ=ベオは自身の内の何かに翻弄されているのか、先ほどまでの様に根っこを使ってこちらに攻撃してくる余裕もないようで、妨害されずに近づける――はずでした。
――バシャバシャ
ヤ=テ=ベオの口から垂れ流される墨汁の池を踏み、1歩2歩と進んだ段階で突然手に持っている大楯に引っ張られるように地面へと転んでしまいます。
「乃亜さん大丈夫!? 一体どうし、うっ……。何? 急に力が……」
冬乃先輩が墨汁まみれになってしまったわたしを心配してくださいますが、その冬乃先輩に対して何も返事が出来ませんでした。
そんな余裕も無いほどわたしは困惑してしまっていたのですから。
何故か急に大楯が
「も、持てない? そんな、さっきまで重さなんて全く感じなかったのに?!」
わたしは大楯を持ち上げようと何度も腕に力を込めますが、ピクリとも動きません。
まるで地面にくっついてしまったかの様です。
いえ、地面にくっついたというよりむしろこれは――
「わたしが、持てなくなった?」
大楯が地面に引っ付いてる訳ではありません。
地面に広がる墨汁が磁石の様になって大楯を引き寄せているのであれば、大楯に墨汁がくっつくだけのはず。
それに転んでしまった時、大楯が地面に引き寄せられたというより、大楯本来の重量を取り戻したかのような感じでした。
そして今は、大楯本来の重量以上の重さになってるような……?
「まさかこの墨汁がなにか影響を及ぼしているんですか?」
しかし先輩の〔
「〔典外回状〕……」
「え、これが!? でも確か、蒼汰は黒いわたあめが絡みついてくるものだったって言ってたわよね?」
「完全じゃなかったんじゃないでしょうか? 片瀬って人に〔典外回状〕を使われた時はわたし達全員が夢を見させられる異空間に連れ込まれましたし、本来はもっと規模の大きいものだったのでは」
「蒼汰1人に影響を及ぼすものではなく、周囲全体に影響を与えるものだったってことなの?」
「おそらくは。わたしが大楯を持てなくなったのも[重量装備]が反転しているのだと考えれば辻褄が合います」
「なら私は何が反転したのかしら? まるでバフが反転したかのように力が抜けたのだけど……。いえ、今はそんな事考えている場合じゃないわね」
冬乃先輩の言う通りです。
問題はこの墨汁のせいでわたしは武器を使えなくなり、冬乃先輩は弱体化してしまっていること。
これでは先輩を助けに行くことが出来ません!
もういっそのこと、武器なしで突貫するしか……。
そう思っていたら、苦しんでいるヤ=テ=ベオの口が一気に膨れ上がり、限界が来たのか大口を開けて大量の墨汁を吐き出し始めました。
いくつも吐き出される人骨や死体、その中にゆっくりと立ち上がった人物がいたのをわたし達は見逃しません。
「いました!」
「蒼汰!」
ボロボロのズボンを身にまとっていて、フラフラで今にも倒れそうでしたがその声はハッキリとしていました。
「反転しろ。〔
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