第32話 ヤ=テ=ベオ
――ボコッ
その異音と振動が地面から来たので、そちらに視線を向けたのが幸いだった。
「咲夜!」
「えっ?」
何かが来る。
そんな予感から咄嗟に咲夜をここから少しでも遠ざけるため、悪いと思いつつも僕は咲夜を放り投げる。
と、同時に地面から何かが突き出し、僕の体に突き刺さった。
――パンッ
「がはっ!」
「蒼汰君!?」
いや、突き刺さったと錯覚しただけだ。
だけどその衝撃に肺の空気を吐き出させられ、上半身は服が全部弾け飛んでしまった。
乃亜の[損傷衣転]がパーティー全員に機能していなかったら、間違いなく僕はこの地面から突き出た何かに貫かれていたことだろう。
僕はそれが何なのかと思い、手で触れてようやくそれが何か分かった。
木だ。
木の根っこが僕を、いや、僕だけでなくあちらこちらで人が木の根に刺されていた。
『キャハハハハ!』
この空間の中央にあった巨大な木。
それの太い幹に突然横に亀裂が入り、そこから笑い声が響いてきた。
ただの木だったはず。
何人かが[鑑定]で見て、ただの木だったと言っていたはずなのになんで?
「う、嘘だ!? 〈【
誰かの声が聞こえてきた。
どうやら[鑑定]持ちがあの木にスキルを使用したようだけど、今はそれどころじゃない。
僕の体に根っこは刺さらなかったものの、今度は人の腕よりも太いその根っこの横に生えている細い根が、僕に絡みついてきて捕らえてきたんだ。
何とかしてこの根っこから抜け出さないといけないのに、しっかり絡みついてくるせいで抜け出す事が出来ず、しかもドンドン体の力が抜けていくような感じがする。
バフをかけられているはずの体は重くなる一方で、まるでこの根に力を吸われているようだ……。
【
「先輩!」
「蒼汰!」
乃亜達が慌ててこちらに戻ってこようとしているのが見えた。
「蒼汰、君……!」
咲夜も動かない体を必死に動かそうとしている。
しかし〝神撃〟を撃った直後で喋れるだけマシなのであって、動くことなんて到底無理だろう。
「くそっ、抜け出せない……!」
他の木の根に貫かれた人達は自分で根っこを切って拘束される前に逃れたり、周囲の人達が助けに入っている。
だけど僕は自分で抜け出せるほどの力も無ければ、周囲に助ける余裕のある人はいない。
なんとか乃亜達が戻ってくるまでせめて現状維持が出来ればと思ったけど、そう甘くはなかった。
『キャハハッ』
「うわっ?!」
その前にヤ=テ=ベオが動き、僕と同じで根っこから逃れるのに遅れた人が持ち上げられ、ヤ=テ=ベオの元まで連れ去られてしまう。
『ジャマナヤツイナイ! イッパイタベレル! キャハハハハッ!』
まさかこいつ、ミノタウロスが僕らに殺される直前まで待って、獲物を独り占めできる最大のタイミングを見計らっていたのか!?
「や、やめ、助けて! ギャアアアアア!!」
「嫌だ、死にたくない!」
「助けてくれー-!!」
ヤ=テ=ベオは自身の言った通り、捕らえた人達を次から次へと亀裂の入った箇所へと入れていく。
いや、食べていく。
あれはこいつにとっての口であり、食べる瞬間に見えたその中は尖った木が無数に生えていて、食われたら最後、串刺しにされて殺される!
マズイ!?
いくら乃亜の[損傷衣転]でもダメージの許容限界があるし、既に上半身裸でズボンしか残っていないけど、仮に着ぶくれするほど着ていたとしても、あんな口の中に入ったら一瞬で全ての服が吹き飛んでしまう!
なんとかして抜け出したいけど、根っこに雁字搦めにされているせいで身動きが取れず、抜け出す事なんて力も吸われるせいで余計に無理だ。
「冬乃先輩、〔
「無理よ! 何人もの人を捕まえてるせいで撃ったとしてもその人に当たるし、根っこが邪魔で本体にも当てられないわ」
「動かなきゃ……。今動けなかったら、咲夜の力なんて何の意味も、ない……!」
乃亜達は何とか僕を助け出せないか焦ったように話し合っており、咲夜は手を強く握りしめながら無理やりにでも立ち上がろうとしているけど、体がついていかないのか四つん這いに近い姿勢のまま動けていなかった。
何か、何かここから助かる方法はないのか?!
そう思いながら必死に周囲を見回していたらあるものが見えてしまった。
僕がヤ=テ=ベオに口の中へと徐々に近づけられていく最中、その口の中にハッキリと見えてしまった何人もの死体。
目を見開き血を流して死んでいる者が多数あり、そのどれもが苦し気な顔をして死んでいた。
それを見た瞬間、脳裏にこの迷宮に捕らえられたせいで死んだ様々な人達を思い出す。
最初に触れた名前も知らない人の死。
遠くからでもハッキリと分かった顔見知りである鈴さん達の死。
そして、今。ヤ=テ=ベオに食べられてしまった人の死。
自分も今からこうなるのだとハッキリ現実を突きつけられ、言い知れぬ恐怖が僕を襲った。
「うわあああああああああああ!!?」
「いやああああ、先輩ー!!」
「蒼汰ー----!!」
「蒼汰君!!」
抵抗も出来ないままゆっくりと僕はヤ=テ=ベオの口へと入れられていく。
完全に頭が真っ白になった。
――ピシッ
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