第15話 桃源鏡

 

 冬乃に言われて僕は[チーム編成]の〈衣装〉の項目で3人の服を直し、僕もボロボロになった服を脱ぎ捨てて、[ガチャ]で出た適当なシャツを取り出して着替えた。


「それにしてもとんでもない目に遭ったわね。今まであそこまで服が破けたことって、なかったんじゃないかしら?」

「ううぅ、すいません……」

「別に乃亜さんを責めてないわよ。あのスキルがなかったら、不意を突かれて死んでいた事を思うとむしろ助かったと思ってるわよ」

「いえ、それもなんですが、わたしが[第三者視点]を上手く使いこなせていれば、奇襲に気付けたかもしれないと思って」


 乃亜の[第三者視点]は自身の外側に視点を作り、俯瞰的に周囲を捉える事が出来るスキルだ。

 だけど自分の目での視認に加え、スキルでも見るとなると、映像が2つ頭の中に流れ込んでくるため酔ってしまうらしい。

 目をつぶってスキルを使えば1つの映像で済むかもしれないけど、生まれてからずっと目で見て行動していたのに、頭上から見下ろした状態で自身の体を動かすことなんて出来るはずもなく、そのスキルはダンジョンの外で練習中だ。

 だから乃亜はスキルが使いこなせなくて、少し落ち込んだみたいだけど――


「いや無理じゃないかな? いくら[第三者視点]でも透明になってる相手は見えないんじゃない?」

「そうね。私は匂いとか音で感覚的に捉えられたけど、乃亜さんは視認だから結局見えなかったんじゃない?」

「咲夜もサッパリ分からなかったから、乃亜ちゃんだけが気にすることじゃないよ」

「ありがとうございます先輩方」


 僕らのフォローが効いたのか、乃亜はすぐに立ち直ってくれた。


「それじゃあ今日のところはもう帰ろうか。13体倒して魔石を手に入れられたから、もう十分でしょ」

「そうね。とっとと帰って、新種のラミアを組合に報告しましょ」


 冬乃が同意し、乃亜と咲夜もそれに頷いたので、僕らはダンジョンの外へと向けて歩き出そうとした時だった。


「ああ、ああ……。どこ……、どこなの?」


 フラフラと危うい足取りで、肩まである髪がボサボサになっていて、まるで手入れしていないのが見て取れる妙齢な女性が、1人で前方からやってきた。


「あの人は一体……?」

「何か探し物でもしているんでしょうか?」

「それとも道に迷ったのかな?」


 乃亜が言う通り探し物をしているにしては、物が落ちているであろう下を見ずに、虚ろな目で前を向いてヒタヒタと歩いているのはおかしいし、だからと言って咲夜の言う通り道に迷ったにしては様子がおかしすぎる。

 もしも道に迷ったのであれば、互いを視認出来る距離にいるのに僕らに声をかけてこないのは怪しい。


 さらにその手には大事そうに両手で人の頭ほどの大きさの鏡を持っており、その様相も相まって怪しさが増していた。


「蒼汰どうするのよ?」

「う~ん、基本的に他の冒険者とは不干渉なのがマナーだけど……」


 僕らがダンジョンの外に出るのに最短な道は怪しい女性が立っている方向であり、あの人とすれ違う必要があるのだけど、あの人の横を通るのは魔物とかと対峙する怖さとは別の意味で怖い。

 常識とかマナーとかがどこかに置き去りにされてそうな雰囲気なのだから。


「ですが1人でこんな所をうろついているのは、何かしらトラブルがあったのかもしれませんよ?」

「そうだよね……。それじゃあ距離をとって声をかけて、問題なさそうなら横切ろう」


 3人が頷いたので、僕は怪しげな女性へと声をかけることにする。


「あの、何かあったんですか?」

「………」


 返事がない。ただの屍よりヤバそうだ。


 せめて何かしら応答があればこちらも対応できるのだけど、無言ではどう対処していいのか分からないよ。

 どうしたものかと思っていると、女性がようやくこちらに気付いたのか、虚ろだった目が僕らを捉えたように見えた。


「ああ、ああ……。私の、私の――」


 ボソボソと何かを言っているようだけど、最後になんて言っているか聞き取れない。

 僕は耳を傾け、何を言っているんだろうと耳を澄ませた。


「私の……赤ちゃん」


 はい?


「〔桃源鏡エンドレスデイリー〕」

「なっ?!」


 女性が手に持っていた鏡が突然輝き、その光に包まれてしまう。

 突然のことに僕らは何もできず、その光が治まると――


「おぎゃあああああ!!!!(なんだこりゃああああ!!!!)」


 体が縮んでいた。

 というか、赤ん坊になっていた。


「先輩!?」

「蒼汰!?」

「蒼汰君!?」


 どうやら3人は僕の様に赤ん坊にはなっていないようで、僕1人だけが赤ん坊にされてしまったみたいだけど、一体どうしてこんな事を!?


「ふぅ。女の方を対象にしろと言ったんだがな……」

「そう命令して言う事を聞くのであれば、あんなに壊れてないのでは?」

「まあそうなんだが」

「誰!?」


 女の人の後ろから2人の男達が現れた。

 1人は初老と思われる人で、白髪混じりの髪をオールバックにしており、もう1人の男の人は見た目30代くらいの人で、アナウンサーのような清潔感のある髪型の人だった。


「私達が誰かと問われたら……、まあ君たちを殺す者だと思ってくれるだけでいいさ」


 初老の男は淡々とそう口にした。

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