第35話 将来への楽しみ


 お兄さんの言葉を噛みしめて、私は自分がどう生きていきたいかを思い描いた。

 両親が離婚することは決まったようなものなんだから、それを踏まえた上でお兄さんが言ったように後悔しないで楽しく生きるにはどうすればいいかを。


 そうやって自分がどう生きたいかを考えていた時、ふと気が付いた。

 両親が別れてしまう事に関して、いつの間にか受け入れていた事に。


 私はハッとしてお兄さんの顔を見るけど、お兄さんは先ほどと同じように優しく笑っているだけだった。


 その笑顔からは何も読み取れず、私が抱えていた悩みを前向きに考えられるようにしてくれたのには、意図してやったのかもしれないし、意外と何も考えていないのかもしれない。


 だけどそんな事はどっちでもいい。

 お兄さんのお陰で、私はこれ以上変に苦しまずに前向きに考えられるようになったのだから。


「……お兄さん、ありがとうございます」

「えっ、なんで急にお礼を?」


 キョトンとした表情で困惑気にこちらを見ているお兄さんを見ていると、やっぱり意図してなかったんじゃないかと思うけど、まあどうでもいっか。


「お兄さんのお陰で気が晴れました。私はボッチにならないように頑張りますね」

「お礼を言われた直後の謎の罵倒!?」


 しまったわ。ついつい軽口を叩いてしまった。

 でもお兄さんはこんな事、鼻で笑って許してくれると確信している。

 むしろ喜んでくれるならこれがお礼になるのだけど、本当にお兄さんはMじゃないのかしら?


「え、そして何で急に残念そうな表情でこっちを見るの?」

「お兄さんがえ……なんでもないです」

「いやMじゃないから」

「分かりますか」

「そりゃ分かるよ」

「そうですか、ふふふ」


 最初は怪しい人だと思っていたけれど、こうして以心伝心出来てると思うと楽しく感じるわ。

 もっと話していたい、もっと親しくなりたいと思うくらい、私はもうこの人に心を許してしまったようだ。


「お兄さんって名前はなんて言うんですか?」

「随分と今更だなー」

「別にいいじゃないですか。ちなみに私の名前は知っているかもしれませんが冬乃といいます。苗字は変わってしまうと思うので名前だけ」

「日常会話に爆弾混ぜ込まないでくれない? それをどう処理していいか分からないから。もし他の友達にそんな事言ったら困らせちゃうよ」

「別にスルーでも拾うのでも好きにしていいですよ。あと安心してください。こんな事言うのはお兄さんだけなので」

「そんな特別は勘弁して欲しいな……」

「そんな事はどうでもいいです。早くお兄さんの名前を教えてください」

「ああ。鹿島蒼汰だよ」

「蒼汰お兄さん、ですか」

「蒼汰でいいよ。実は君にお兄さん呼びされるのは微妙な気分になると思ってたから」

「何でですか。失礼ですね。それと私は名乗ったんですから、君なんて呼び方しないでください」

「分かったよ、冬乃」

「はい!」


 その後私は、蒼汰さんの事をもっと知りたくて色々と質問をした。

 何故そんな事を聞くのか聞かれたけれど、人の家の不祥事を知ってしまったのだから、蒼汰さんについて知ることでイーブンになると、後で思い返すと何を言っているんだろうと自分でも思う様な理屈で蒼汰さんを黙らせたわ。


 蒼汰さんと話していると、いつの間にか辺りが暗くなるくらい時間が経っていて、そろそろ帰らないとマズイ時間になってしまったのだけど、最後にどうしてもこれだけは聞いておきたいのよね。


「最後に1つだけ聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ」

「蒼汰さんは結婚についてはどう思っているんですか?」

「いい印象はないかな。まあでも、僕としては最後まで互いに添い遂げる覚悟があるのなら、結婚すればいいと思うけど」

「そうですか。なら仮に蒼汰さんが結婚する場合は、離婚の原因を作るような事はしないって事ですよね?」

「ん? まあそうだね。結婚するかは別として、もしも結婚したなら僕に何か不満な事があっても改善できることはするし、浮気絶対にしないと思ってるよ」


 浮気について妙に強く強調したけれど、おそらく私の家庭がどうなっているか知っているから、そこを配慮してくれたのね。


「そうですかそうですか」


 私は頷きながらブランコを降りて、蒼汰さんの背後へと回る。


「私、蒼汰さんみたいな人となら家庭を持ってもいいと思います」

「はいっ?!」


 いきなりのことで驚いたのか、首を回してこっちを見て目を見開いていた。


「別に蒼汰さんと結婚したいとは言ってませんよ?」

「あ、いや、うん、そうなんだけどビックリしちゃって……」


 蒼汰さんが少し焦った様子を見てると、年上の男の人なのに可愛いと思ってしまう。

 だからか、私はニンマリと笑って、ついつい蒼汰さんをからかいたくなってしまった。


「おやおや? 蒼汰さんはやはりロリコンでしたか? 小学生相手に結婚する想像をしちゃうような変態さんでしたか?」

「断じて違うんですけど!?」

「いいんですよ、そんなに無理して否定しなくても。ロリコンであっても手を出さなければいいんですから」

「ロリコンって決めつけないで欲しいかな!?」

「でしたら、蒼汰さんはロリコンではないって事でいいんですか?」

「あ、うん、そうだけど」

「ホッとしたような、残念なような……」


 まあでも私が結婚できる年になって蒼汰さんにロリにしか興味が持てないから、って言われることがないのだから問題ないわね。


「それじゃあ、もしも蒼汰さんが私が結婚出来る年になっても彼女もいない寂しい独り身でいるのであれば、付き合ってみませんか?」

「ちょっと待って。サラッと罵倒が入ったのはこの際置いておくとして、どうしてそんな話になったか分からないんだけど」

「分かりません?」

「分からないね」

「では、そんな頭の残念な蒼汰さんに分かりやすく教えてあげます」

「……お願い」


 何かを諦めたような表情の蒼汰さんが、少し愛おしく感じてしまった。

 ダメだな、私。やっぱり蒼汰さんのこと――


「好きかな? って、思うからですよ」

「疑問系なんだ」

「まだ出会って数日ですし」

「……ごもっともで」

「蒼汰さんへの好意は未来を前向きに考えられなかった私を、前向きにしてくれた蒼汰さんには感謝の念も混じっています。付き合ってあげてもいいかなと思うのは、言わば恩返し的な?」

「感謝してるからって、そんな事を言ってはいけません」

「好きかもとも言いましたよね?」

「うっ……」

「それに将来を楽しみに生きるのであれば、数年後にそんなイベントがあると思えば楽しく生きられると思いませんか?」

「確かにそうだけどね」

「ああ、でも……」

「ん?」


 ――チュッ


 私は衝動のままに、蒼汰さんの頬っぺたへとキスをする。


「なっ!?」

「唾はつけておきますね♪」


 どこか流されやすそうに感じる人だから、予約はしておかないとね。


 蒼汰さんにキスをした直後、いきなり異変が起こりだした。


 ――ピロン 『条件を達成したためスキルの使用が可能になりました』

 ――バキッ、バキバキ


「きゃっ! なっ、なに!?」


 突然頭に響いた聞き覚えのない音声に加え、まるで空間そのものにヒビが入ったかのように、何もない場所に亀裂が出来て崩れ始めたのを見て驚き慌ててしまう。


「落ち着いて」


 お兄さんはそう言ってブランコから降りて、私の手を握ってくれた。

 その手は温かく、まるで不安も恐怖をそこから抜けていくかのようで、不思議と安心した。


 私は崩れていく世界をただ見ているしかなかった。

 だけど私はその光景を見ても、もう不安も恐怖も感じない。

 蒼汰さんが壊れていく世界の中でも、大丈夫だと言わんばかりに私の手を握ってくれていたのだから。

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