第36話 私であって、私じゃないの!


≪蒼汰SIDE≫


 僕は閉じていた目をゆっくりと開けると、そこは元居た白い空間だった。


 よかった。

 どうやら夢からは出ることが出来たみたいだ。


 あっ、そうだ。

 冬乃はどうなったんだ?


「うわ、ああぁ……。違う、違うの。あれは夢。夢の出来事であって、私であって、私じゃないんだから~」


 僕は周囲を見渡すと、そこにはプルプルと震えて頭を抱えてうずくまってる狐っ娘がおり、尻尾が千切れんばかりに動いている様は激しい感情の動きを推察させた。


 うーん、今現在閉じ込められていなかったらそっとしていたけれど、次は乃亜と咲夜も起こさないといけないからそんな事言ってられないんだよね。


 僕は意を決して冬乃に声をかけることにした。


「あうあう(そろそろ正気に戻って)」

「ひゃうっ」


 冬乃はビクンと体を震わせ、尻尾をピンっと立たせていた。

 真っ赤になってる顔を上げて、泣きそうな目で浮かんでいる僕を見返してくる。


「ち、違うの! あれは確かに私だけど、そうじゃないの! 全く違うかって言われたら否定できないんだけど、あくまで夢のあれは幼い頃の私だったんだから勘違いしちゃダメよ。ま、まあ、蒼汰も両親が離婚してて私と同じような境遇だったんだとか、結婚に対する考え方が一緒だったんだとか色々知れて良かった、じゃなくて! あの、その……夢で蒼汰にかけられた言葉は嬉しかったし、最後に手を握ってくれたのも温かく感じて嬉しかった、じゃなくて!!」

「だっ、あうあああばぶぶ(いや、そんな早口でまくし立てられても)……」


 いけない。冬乃が色々とパニック状態になってしまっている。


 夢から2人とも脱出できたのは良かったけど、無理に夢に介入すべきじゃなかったんだろうか?

 だけどああでもしないとずっと眠ったままだったろうし、しょうがないよね。


「あうあ(夢のことなんだし気にしないで)」


 僕は近づいて肩をポンポンと叩くと、冬乃は真っ赤になっている顔を横にそむけて、僕を直視しないようにしていた。

 この後、乃亜や咲夜も起こさないといけないんだけど、この調子で2人を起こせるんだろうか?


「う~」


 僕の若干呆れている視線に耐えきれなくなったのか、唸り声を上げた冬乃が僕を正面に向けた状態で抱きかかえてきた。

 おそらく僕がこれ以上冬乃を見れない様にするためなんだろう。

 ほんのりと柔らかい感触が背中に当たる。


「蒼汰が何を言っているのか分からないけど、気にしないで忘れればいいって言いたいの?」

「あう(うん)」


 忘れろとまでは言ってないけど、忘れられるならその方がいいでしょ。


「……………無理よ」


 かなり小さな声でボソリと呟いたけど、これだけ近い距離にいたらさすがに聞こえる。

 まあそりゃそうだよね。

 もしも逆の立場だったら、その辺を転げ回って悶絶している自信がある。


「たとえ夢の中だったとはいえ、蒼汰の言葉にあの時の私は確かに救われたもの。忘れるなんて無理よ。蒼汰、私を救ってくれてありがとう……」


 冬乃の僕を抱きしめる力が少しだけ強くなった。

 起こすためだったとはいえ、感謝されるのであれば頑張った甲斐があったよ。

 まあ、罵倒され続けた後に僕の体験談を話しただけだけどさ。


 僕はどういたしましてと示す為にコクリと頷いた後、未だ寝ている乃亜と咲夜を指さす。


「ばぶぶ(それじゃあ次はあの2人だね)」

「乃亜さんと咲夜さんも起こそうってことね」

「あぶ(うん)」


 僕は2人の頭上に浮かんでいる黒と白の球の内、黒い方を指さして触る動作をする。

 それだけで冬乃は僕が何を言いたいのか理解したのか、僕を上から覗き込んできた。


「あの黒い球に触れれば、その人の夢の中に入れるって事ね」

「あぶぶ(その通り)」


 冬乃を起こすのにかかった時間はそれほどでもなかったと思うけど、問題は夢から脱出するには夢の主が起きない事には脱出する術がおそらくないということ。

 下手すれば夢の主の中に閉じ込められ続ける可能性があり、かなり危険な方法だ。

 しかしそれ以外の手段が分からない上に、いつまでもこの空間内に飲まず食わずでいれば衰弱してしまうし、外にはまだ敵が2人いるのだから躊躇している時間はない。


 僕はすぐにでも2人を起こすために冬乃に2人に近づいてもらう様、僕を抱きかかえている冬乃の腕をペシペシと叩く。


「………」


 おや、どうしたんだろうか?

 冬乃は動こうとせずに、目の前の何かを見て考え込んでいる。

 おそらく自身のステータスなんだろうけど、何故このタイミングで?


 僕は疑問に首を傾げていたら、冬乃が長いため息をついて座り込んでしまった。


「分かってた。夢でスキルが使用可能になったって、アナウンスがあったのを思い出したから念のため確認したけど、やっぱりそういう事なのね……」


 いやホントどうしたの?


「ばぶ?」

「ふぅ。ごめん蒼汰。ちょっと放心してたけどもう大丈夫よ。3人とも起こして、あの人に脱出方法を聞き出しここから脱出しましょ」


 え、どうやって?


 冬乃は乃亜と咲夜だけでなく、片瀬さんも起こすつもりのようだけど、今まとめてって言った?

 つまり起こす方法があるみたいなんだけど、どうするつもりなんだろうか?


「上手くいくかは分からないけど、あの球体が夢を見続ける原因で、この空間内そのものの効果なら上手くいくはずよ」


 冬乃はそう言って僕を乃亜達のところに連れていくと、そこに僕を置いた。


「蒼汰はそこでジッとしていて」

「あぶ(了解)」


 冬乃にどうやら何かしら勝算があるようなので、僕は言われるがままにその場で待機する事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る