第37話 [天気雨]
≪冬乃SIDE≫
私は早速移動しようとしたけど、あの女の人、片瀬と呼ばれていた人を寝ている内に拘束しておいた方がいいと思い直し、蒼汰へと向き直る。
「あの人、寝てるうちに拘束しておいた方がいいと思うんだけど、何かないかしら?」
「ばぶ」
蒼汰はすぐにスキルでスマホを取り出して操作をしだすと、手錠が目の前に現れた。
「ピンポイントでこれが出てくるのね……」
「ばぶば?」
まるで縄の方が良かった? とでも言いたげに首を傾げ、本当に縄まで出してきた。
「2つもいらないって言いたいところだけど、あの人、凄い力強いから、二重で拘束しておいた方が良さそうね」
「だっ」
蒼汰は頷き、私に同意したようね。
「それじゃあ、早速行ってくるわ」
私は一言そう言って蒼汰が乃亜さん達の傍でジッとしている事を確認すると、すぐさまあの女の人の下へと移動する。
「プカプカと浮いてる状態だと、移動しづらいわね」
地面がなくてその場に漂ってる状態だから、歩けないのはかなり不便だわ。
手足を動かすとまるで泳ぐみたいに動けるから、なんとかそれで移動して女の人のところにたどり着いた。
「蒼汰はあそこから動いてないわね」
念のため蒼汰の位置を確認したけど、さきほど乃亜さん達の近くに置いてから移動していなかった。
まあここが動きにくい場所な上に赤ちゃんの姿じゃ、移動なんて難しいでしょうけど。
「さて、とりあえずこの人を拘束しておかないと」
蒼汰から移動する前にスキルで出してもらった手錠をこの人にかけて、さらにロープで拘束する。
「それにしても、まさかこのスキルが使えるようになるなんて、思いもよらなかったわ」
私の5つある内、たった1つ使えなかったスキル、[天気雨]だ。
私はスキルを使用する前にステータスを開いて、スキルの発動条件を確認した。
[天気雨]:発動条件は愛している男が近くにいること
は~、嘘でしょ……。
何度確認してもスキルの発動条件は変わらない。
そしてこのスキルが使えるということは、つまりそういう事であって……。
「こんなスキル、絶対に使える事なんてないって思ってたんだけどね」
私はあの父が家族を捨てて出ていった時から、男の人を好きになった事はなかった。
父がいなくなったせいもあって、母だけで私と弟、妹の子供3人との生活を支える事が難しくて、家事の全ては私が引き受けていて忙しかったわ。
それに加えて、同年代の男の子達は苦労の知らない呑気な子供にしか見えないのもあって、到底誰かを好きになることはなかった。
ただ、家の事や子供にしか見えない以上に、父の存在がちらついて男の人を好きにはなれなかったけど。
どうせ好きだの愛しているだの言っておいて、1回だけだったから、その場のノリでついとか理由をつけて、平然と浮気をするんだろうと思うと、好きになんてなれるはずもないわ。
「だから男の人を好きになることなんて、ないと思ってたんだけどな~」
今も呑気そうな顔でこちらを見ている浮かんでいる赤ん坊。
ハーレムを着々と形成している、いやむしろされている方なんだけど、そんな男の子を好きになる日が来るなんて夢にも思わなかった。
救いなのは本人がまだハーレムを望んでいないことだけど……時間の問題な気がするわね。
乃亜さんが外堀と内堀の両方から埋め立てていってるから、逃げようがないんじゃないの?
どうしたらいいのかしらね?
「はぁ。ま、今考えても仕方ないことか」
今はやるべき事をやらないと。
私は自身のスキルを発動させるためのもう一つの条件、
「[天気雨]」
スキル名を唱えると、私と蒼汰の体が発光しだす。
徐々に光は大きくなり、天へと上る大きな光の柱になった。
「ばぶっ!?」
え、何? みたいな感じで蒼汰がキョロキョロと周囲を見ているけど、あんたはそこで大人しくしていればいいのよ。
2本の光の柱が出来ると、今度は私の足元から蒼汰の方へと光の〝道〟が出来上がっていく。
〝道〟の空間内では雲もないのに不思議とポツポツと雨が降ってきて、私達全員がじんわりと濡れていく。
「[天気雨]は私と蒼汰を起点として、2つの点を繋いだ〝道〟の結界を作るスキルよ。
効果は邪気を払う雨を降らせる、なんて曖昧な説明だけど、この女の人が発動させたこの空間内の効果で夢を見させられたなら、結界を張ることで空間から受ける影響を妨ぐ事が出来るはずよ」
「あぶぶ」
蒼汰が頷いているので、なるほどって言ったのかしらね。
赤ん坊のままだと会話も不便だから、そっちも元に戻してもらわないと。
――ビキッ
雨の降る音しかなかった空間に、破砕音が響く。
私はすぐさま女の人の頭上に浮かぶ黒と白の球体を見ると、そこにはヒビが入っていく2つの球体があった。
乃亜さん達の方も見ると、どうやらそちらの球にもヒビが入ったのか、蒼汰がこっちに向かって手を振っていた。
どうやら上手くいったようね。
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