第34話 お兄さんの過去

 

「君の両親が喧嘩している件だけど」

「はい」

「君は両親にどうして欲しいと思っているのかな?」

「私が、ですか?」


 いきなりの質問に意味が分からず、私は首を傾げていた。

 お兄さんはどうしてそんな事を聞いてきたのか、理解できない。


「君は両親にどうして欲しいか理想があるはずだよね。それを誰かに言う事も出来ず、家の居心地も悪いからこんな所で時間を潰しているんでしょ?」

「さすがストーカーのお兄さん。そこまで分かっているんですね」

「……まだ変態呼びの方がマシだったかな~?」


 私の中でお兄さんはストーカーで確定しているから諦めて。

 人の事情を話してもいないのにそこまで詳しいとか、ストーカー以外の何者でもないわ。


 それはさておき、私が両親に求めている事ね。

 当然今まで通り仲良く暮らせる事だけど、それが無理なのは分かり切ってる。


 夜な夜な話し合っているのを聞いていたけど、父が浮気をしたのが原因で、しかもそれが長い期間行われていたとか。

 母は怒ってるし、そんな母に父も最初は平謝りしていたけど、今は開き直って怒鳴り返している。

 離婚は秒読みと言っていい状態で、そんな理想は夢物語でしかないわ。


 父が浮気なんかしなければ、今まで通り暮らせていたのに……!


「……家族が昔のように、一緒に暮らせること」

「それが君の理想?」

「うん。でも父はずっと前から浮気してたし、そんな人と一緒に暮らしたいと思わないけど」

「理想が矛盾してるね。家族が一緒に暮らせることを望んでいるけど、父親とは一緒に暮らしたいとは思わないなんて」

「分かってます。正直、父には呆れて物が言えません。ただ、もしも父が浮気なんてせずに今までの貧しくても幸せな日々が続いていたら良かったって、思ってます」

「なるほどね」


 ホント、私にとって都合のいい理想だ。

 もしも父が浮気なんてしていなかったらなんて、有り得るはずないのに。


「正直言って、起きてしまった出来事を変えることは出来ない以上、その未来が来ることはないよ」

「……ふふっ。随分とハッキリと言うんですね。今まで虐められてきた仕返しですか?」


 散々お兄さんを悪く罵ってきたのだもの。

 仕返しされても仕方がないよね……。


 力なく笑いながら返答すると、お兄さんは慌てて手を横に振って否定していた。


「いや違うから。そんなつもりはこれっぽっちもないよ。

 ただ起きてしまった事とは関係なしに、時間だけは過ぎてしまうってことを言いたかったんだ」

「………?」

「少し、昔の話でもしようか」


 なんでそんな当たり前の事を言ってるのか、いまいち理解出来なくて首を傾げていたら、お兄さんがそう前置きして教えてくれた。

 昔、お兄さんが体験したことを。


「僕が小学3年生の頃、両親は離婚したんだ。

 離婚する1年くらい前から口喧嘩が多かったけど、まさか離婚までするなんて思ってなくて聞いた時はビックリしたよ」

「そうでしょうね。私も両親が今すぐにでも別れそうになるなんて、夢にも思っていませんでしたから」

「だよね。だけど子供がどう思うかなんて親達にとっては関係ないんだ。なんせ、子供と親は血がつながっていても、親同士は赤の他人なんだから。

 だから僕にはそれを止める術なんてなかったし、その話を聞かされた翌日には母さんは家を出ていったよ」

「私と違っていきなりだったんですね」

「心構えなんてする暇もなく、いきなりすぎて受け入れることが出来なかったよ。

 でも今まで母さんがしてきたことは、全部僕がしないといけなくなったから、受け入れる受け入れないの問題じゃなかったけどね」

「そうなんですか?」

「うん。なんせ父さん、家事を一切しない昭和の人みたいな感じだったから、僕がやらなきゃ洗濯物は溜まるし、部屋の中は埃が積もってもそのままだったろうからね」

「大変だったんですね。……ところで結局何が言いたいんですか?」


 要するにお兄さんが苦労したってことなんだけど、不幸自慢なのだろうか?


「僕がようやくそれを日常に出来るようになったのには四か月かかったけど、その間に友達と呼べる人はいなくなっていた」

「な、何故ですか?」

「家の事をこなさないといけなくて、忙しいから放課後に一緒に遊んでいる暇なんてなかったし、ストレスから友達に強く当たりそうだったから自分から距離を置いたんだ。

 その結果、日常と言えるようになった四か月後には、僕の周囲に人はいなくなってたよ」

「そう、なんですか……」

「それに加えて父さんに離婚したことは周囲に話さないように言われ、それを僕が律儀に守っていたせいで事情を打ち明けることも出来なかったせいで、気が付けば小学校を卒業するまでずっと1人だったんだ」


 そう言ったお兄さんの顔は少し寂し気だった。

 少なくとも3年の間は孤独に学校生活を過ごしたのだから当然かもしれない。


「あの時もっとキチンと両親の離婚について受け止めていられれば、そんな事にはならなかっただろうけど、受け止めないでむしろそれを理由に周囲を突き放していたのが悪かったんだ。

 こっちの事情なんて関係なしに、周囲も同じだけ時間は流れるんだから当然だよね」


 お兄さんの話を聞いて、私はなんとも言えない気持ちになった。

 なにせ今の私の行動はただ現実逃避をしているだけで、このままだと下手すればお兄さんの様に孤独に過ごすことになりかねないんだから。


「僕の話を聞いて、君はどう生きたいと思った?」

「わ、私は……」

「どうせなら僕みたいにつまらない生き方をするより、楽しく生きるといいよ。その方が絶対この先後悔しないから」


 答えに詰まった私に対し、お兄さんは優しく微笑んで私を見ていた。

 まるで答えが出るまで待ってあげるとでもいうかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る