第35話 過去語り

 

「想定外、ですか?」


 乃亜が聞き返すと、エバノラはコクリと頷いた。


『ええそうよ。正直な話、スキルもダンジョンもこちらの世界に存在することはなかったはずなのよ』


 エバノラが有り得ない、とでもいいたげな表情で顔をしかめていた。


『あなた達はこの世界の他にもう1つの世界があることを知っているかしら?』

「え、何ですかそれ?」


 全くの初耳だし、今までそんな話はネットでもせいぜい創作物の中だけなんだけど。


『この世界では私達が魔法を使うのに必要な魔素がほとんど存在しなくて、弱い魔法しか使えなかった。だから昔から魔女達は強力な魔法を使う場合は魔素が存在するところから無理やり引っ張ってきたのよ』

「その場所が、もう1つの世界」

『ええ、異世界よ。その世界は魔素が大量にあったから、魔女達は己の魂を媒介に細い管を生成して、自身とその世界を繋ぐことで強力な魔法を行使することができたわ。命がけだったけど』


 魂を使うとか想像もつかないけど、失敗したら魂のない抜け殻にでもなるんだろうか?

 だとしたら確かに命がけだなぁ。


『気軽に行える事じゃなかったけれど、人間って追いつめられたら何にでも縋るものでね。魔女狩りのせいで家族達が殺されかねないのであれば、たとえ命がけでもその方法に頼るしかなかったわ』


 魔女狩りなんて言葉でしか知らないけど、実体験をした人の言葉は重いな。

 本当にそれしかなかったというのが伝わってきた。


『異世界から魔素を引っ張ってくるのにはそれ相応の魔法の才能が必要だったわ。私達の家族の中で40人近い魔女がいたけど、それができたのは私を含めて7人だけだった』

「子沢山な家庭だ」

『全員が孤児よ。マザーっていう女性に拾われて育てられたわ』


 そりゃそうか。


『それで7人の内、6人がまあ色々頑張ったんだけど結局数の暴力に勝てず、追い込まれていったわ』

「1人だけ参加していないのは何でなのよ?」

『まだ12歳の子供に危ない事させられなかったのよ』

「なるほどね。それなら仕方ないわね」


 確かに冬乃の言う通りで、そればっかりはしょうがないね。

 コンプラ言ってる場合じゃないだろうに、ギリギリまでは危ない事させたくない気持ちは分からなくもない。


『もうほとんど詰みって段階で私達6はある決断をしたわ』


 エバノラの雰囲気が重いものになり、その瞳にはその時の意思がこもっているかのような気がして圧倒されてしまった。

 一体何を決断したんだ?


『この身この魂全てを賭けて、他の魔女の子達の力になれるようにこの世界と異世界を繋ぎ続ける。つまり異世界から魔素を取り込む装置に私達自身がなることで、命がけで異世界から魔素を引っ張らなくてもそれなりに強い魔法が使えるはず。

 そう目論見実行して――』


 ゴクリッ。


『気が付いたらダンジョンのシステムになってたのよね』

「いきなりとんだ!?」

『しょうがないじゃない。だって何で私達がダンジョンになったのか分からないんだもの』


 そう言い切られてしまったらこちらとしてもこれ以上聞くことはできないんだけど、エバノラの様子を見る限り、本当に分からないんだろう。


『唯一分かった事はこのダンジョンが私達自身であり、本能的にダンジョンの操作ができるということ。

 そして――



 常時人間を殺したくなる怒りに襲われていることよ』


 僕らはエバノラに対し、ゾクッとするような嫌な気配を感じて慌てて距離をとったけど、エバノラは何でもないとでも言うように笑っていた。


『うふふ、安心していいわ。私はそれを無理やり抑え込んでるから、私の管理してるダンジョンでは人間を殺そうとしたりはしないわ』


 確かにこのダンジョンはレジャー迷宮になってて、ただの施設扱いになっているし、魔物だっていないからエバノラの言ってることは本当なんだろうけど……。


「抑えきれるものなんですか?」

『当たり前じゃない。怒りは人間の感情だけど、性欲は人間の三大欲求なのよ? エロいこと考えていれば余裕よ余裕』

「怒りと性欲が相殺どころか、性欲が勝っちゃったか」

『どんなにムカつくことがあっても、人間賢者になってる間は忘れられるじゃない。あなた達だってそうでしょ?』

「その問いかけに同意したくはないな~」


 あと賢者とか意味深な感じで使わないで欲しい。


『まあ私は“色欲”の特性だったから良かったけれど、問題は他の6の子達なのよね』

「あれ? さっきエバノラも含めて6人って言ってましたよね?」

『どうやら私達の後にもう1人、戦いに参加させてなかった子が私達と同じことをしたんだと思うわ』

「じゃあダンジョンになったのはその子が原因、なの?」


 咲夜の質問にエバノラは即答で否定してきた。


『違うわね。だってその子の特性は“憤怒”だもの。物を創ったり構築するような力はないわ』


 ……ん?


「エバノラが言う怒りの衝動ってその子が原因では?」

『半分そうね』

「半分、ですか?」

『ええそうよ。今のあの子は。それが何かは分からないけど、そのせいで人間憎しの感情が“憤怒”の特性と噛み合って暴走してるわね。

 結果として私以外の魔女はその怒りに侵食され、あなた達の言うところの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を生み出してしまっているわ』


 まさかここに来て【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が出現する原因を知ることになるなんて思いもよらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る