第8話 祝・混浴回
直前に入っていった3人の男女はいないようなので、パンフレットの記載通り集団ごとに個別の空間となっているのは間違いないようだ。
「あ、男女で更衣室は分かれているようですね。それでは先輩、中で合流しましょう」
そう言って乃亜は2人を引き連れて、“女”と書かれた脱衣所へと向かって行く。
ここが分かれてるなら風呂場も分けられるだろと強く言いたい。
だけどここでそんな事を言っても仕方がないので、手早く体を洗って3人を直視しないように背中を向けてお風呂に入っていた方がいいかな。
「こうなったら手早くお風呂を済まそう……」
僕は手早くパーカーと水着を脱いでいく。
このレジャー迷宮に来た時境界線を越えたら一瞬で水着に着替えられたけど、ここで脱衣所なしでいきなり裸になってお風呂じゃなくて本当に良かった……。
なんでここではそうじゃないのかよく分からないけど、何か法則があるんだろうか?
そんな益体もない事を考えつつ、備え付けてあったタオルを腰に巻いて浴室へと入る。
……普通だ。
ハーレム用とか書いてあったから色々な意味で凄いのかと警戒していたけれど、温泉旅館のような落ち着いた感じで、普段朝風呂とか入らない僕でも明日の朝にもう1度入りたいなと思うくらいだった。
ハーレム用じゃなければ。
「その1点だけが本当に残念だ」
まあそれはいい。
とにかくさっさと体を洗ってしまおう。
僕は頭から洗う派なので先に頭から洗っていく。
――ガラッ
しかし普通に考えてどれだけ急いで体を洗おうとしても、同時に暖簾をくぐっているのだから3人が入ってくるまでに体を洗い終えるなんて不可能だった。
「早いですね先輩」
「もう頭を洗い終わった、の?」
「………」
視界の隅にはバスタオルを巻いて入ってくる3人の姿が映ったので、ほっとしたと同時に若干残念な気持ちになった。
まあ見たくないと言えば嘘になるし……。
「先輩、さすがに体はまだ洗い終わってないですよね?」
そう言いながらスタスタと乃亜は僕に近づいてくる。
くっ、なぜ水着よりも布の面積が広いのにバスタオルを巻いてるだけの姿はこうもドキドキさせられるのか?!
「そ、そうだね。今頭を洗っただけだし」
なんとか内心の動揺を悟られない様、平静を装って返事をする。装えてたよね? いや、少し声が震えてしまった気はするな。
「それじゃあ先輩、わたしが背中を流してあげますね」
「それはいい。咲夜も蒼汰君の背中を流してあげたい」
「……わ、私も」
「ま、待って! さすがに日焼け止めを塗ってた時と違ってお互いこの格好だからそれはマズイ!」
タオル1枚しか身に着けておらず、それがいつ解けてもおかしくないくらい不安定な状態なのだ。
そんな状態であまり近づかれるのは勘弁して欲しい……。
「ん~咲夜先輩、冬乃先輩。ちょっと耳を貸してください」
乃亜が考え込んだ後、咲夜と冬乃を近くに呼んだけど、一体何を?
ごにょごにょとこちらには聞こえない声で話した後、2人が頷いている姿に少し不安がよぎるな。
「それじゃあ先輩。背中を洗うのは諦めますが、一緒にお湯には浸かってもらいますよ」
「まあそれなら……」
お湯は見る限り白く濁っていて、タオルを巻いていなくても中が見えないから理性が溶けるような事にはならないはず。
僕が頷くと、3人はちょっとした仕切りのある場所へと移動してくれた。
これならお互い体を洗うところを見られなくて済むので安心だ。
……残念だなんて思ってないから。
◆
乃亜達よりも先に洗っていた僕の方が当然早く洗い終わるので、入ってこれる方に背中を向けて露天風呂に浸かっていた。
少し熱めのお湯が気持ちよく、1人で広いお湯に浸かる満足感は格別だった。
今だけは理性を試される様な事はないので、気を抜いて安心していられる。
もっともそれは短い時間だけだったけど。
「冬乃先輩、さすがにそのまま入るのはマナー違反ですよ」
「だ、だってバスタオル無しなんてさすがに厳しいわよ」
「濁り湯で中がほとんど見えないから大丈夫じゃないですか?」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのよ……」
「気にしすぎだと思う、よ? 蒼汰君だって背中を向けてこっちを見ない様にしてるから、大丈夫だと思う」
「うぅ……」
何か意を決するような唸り声の後、チャプンとお湯に浸かる音が背後からする。
無心。無心となるんだ。
「ふふ、先輩とこうしてお風呂に入るのはとてもドキドキしますね」
乃亜の声が凄く近くから聞こえると同時に、背中に柔らかくも硬い感触が当たる。
おそらく乃亜が背中と背中をピッタリとつけてきたのだろう。
「誰かとお風呂に入るの、いつぶりだろ?」
咲夜が今度は横から乃亜と同じように背中を向けてくっついてきた。
腕に当たっているのは背中なのに、何故こんなにも心臓の鼓動が早くなるのか……!
「………」
冬乃だけは無言でそっと近づいてきたけど、2人同様に僕に背中を向けてくっついてくるのは変わらなかった。
触れているのは全員背中だけのはずなのに、乃亜達に腕に抱き着かれて胸を当てられる時よりもドキドキするよ。
精神が削られ理性が爆発しそうになり、温泉を楽しむ余裕もないために、ただただ無言でみんなとお風呂に入っていた。
◆
≪乃亜SIDE≫
先輩の背中を無理に流さなくて正解でしたね。
でなければ、先輩は恥ずかしがって一緒にお風呂に浸かれないところでした。
咲夜先輩と冬乃先輩に囁いたのは、このままだと都市伝説が成立しなくなるため、背中を無理に流さず、譲歩として一緒にお風呂に入ることを飲ませるというもの。
ここの都市伝説は一緒のお風呂に入ったカップルのほとんどが、1年以内に結婚か婚約をするという話です。
まあ一緒にお風呂に入る時点で既に親密な関係なのでしょうが、それはそれ。
都市伝説にあやかって、もっと先輩と親密な関係になりたいです。
そしてあわよくば……。
◆
≪ハーレム男SIDE≫
「ねえねえまー君。ここの都市伝説って本当なのかな?」
「あ~どうだろうな? まあもし本当ならラッキーってだけだろ」
「結婚するって方が本当でもまこっち相手ならいいんだけど、
眉唾もんだけどマジで都市伝説が本当の方がありがたいな。
ハーレム用の風呂に入った奴が【典正装備】を手に入れられるなんて、有り得ねえ話だが。
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