第20話 第二の試練〝雪の道〟(5)


 トットットとアンがどこかに去って行ったけれど、もはやアンがいるかいないかなんて関係ない。


「「「はぁはぁ」」」


 息を荒げた女の子3人に囲まれている事の方が問題なのだから。


 発情の花粉を受けた際、僕は立っていられなくて雪の積もっている地面に膝をついてうずくまってしまい、そのせいでおんぶしている冬乃はともかく、乃亜と咲夜も僕と同様膝をついている。

 そんな状態のせいでその場から動くことができないのだけど、そんな事より心なしか3人の僕にしがみついている力が増してきている気がするような……。


「み、みんな、はぁはぁ、落ち着いて……」


 3回まで発情花粉を受けた事があるだけに、僕はまだ余裕がある――そう思っていた。


 フワリと香る女の子の匂い。

 腕と背中に触れる柔らかな感触。


 性欲が高まりそちらに意識が向いた瞬間、グラリと自分の中で何かが動いた気がした。


 ぐっ! 第一の試練じゃ3人が少し離れていたからまだ耐えられたけど、今はゼロ距離のせいで下手したら第一の試練よりもキツイ!


 ……っ! ダメだダメだ。こんなところで性欲なんかに負けてたまるか!

 まだ頭がハッキリしている今の内に思い出すんだ。


 性欲なんて吹き飛ばすほどの絶望と怒りを……。


 ………………ああ、あああああああああああっ!!!!!


 複数のキャラクターを同時にピックアップにするんじゃない!!


 一番欲しいキャラが全く出ないのに、大して欲しくもないキャラが一緒にピックアップされてるせいでそればかり出続ける絶望。

 ああ、これが欲しいキャラだけがピックアップされたガチャだったら、間違いなく引けていたのにどうしていらないのばかり引いてしまうんだ!!

 止めてくれ! これ以上物欲センサーは反応しないでくれー-!!


 …………ふぅ。落ち着け僕。

 性欲が吹っ飛ぶ代わりに怒りに飲まれるところだった。

 しかしお陰でだいぶ冷静になれた気がするし、あと1回までなら耐えられそうだけど、みんなはどうだろうか?


「「「はぁはぁはぁ」」」


 先ほどよりも息が荒くなっていて、このままでは悪化するだけじゃないだろうか?

 こ、このままではマズイ!


「み、みんな、息を大きく吸って吐いて深呼吸……。少しでも気持ちを静めよう」

「「「すぅー--」」」

「違う違う! 深呼吸をしてとは言ったけど、人の匂いを嗅いでとは言ってない!?」


 顔を僕に押し付けて息を吸ってたら逆効果だと思うんだけど!?


「はぁはぁ、すいません先輩……。これ、思ったよりキツイですね」

「すぅー」

「発情するって意味、ようやく理解した、ね」


 冬乃ー--!!?

 乃亜と咲夜はなんとか喋れる程度まで落ち着いたのに、背中にいる冬乃は僕の首筋でずっと匂いを嗅ぎ続けているんだけどどういう事?!


「どうしたの冬乃? まだ落ち着けられない?」

「はぁはぁ」


 ――ペロッ


「ひゃっ!?」


 え、今舐められた?!


「ふ、冬乃先輩。普段から抑圧してますから、はぁはぁ、我慢できなくなってしまったんですかね……」

「もしかしたら、[獣人化(狐)]の影響、かも?」


 [獣人化(狐)]のスキルでも発情期ってあるの?


 ――カプッ


 こ、今度は首を甘噛みしてきたんだけど、正気に戻ったら発狂するんじゃないだろうか?


「ひゅーはぁはぁ、ひゅー」

「本当に大丈夫、冬乃?」

「らいじょうぶ、よ……」


 大丈夫ではなさそうだ。

 しかし会話が成立するようになったので、少しはマシになったんだと思う。


 いつまで4人が固まってうずくまっていたか分からないけど、とりあえず全員がある程度落ち着いてきたので、周囲を観察する余裕ができた。


 雪の壁を見てみるとうすぼんやりとだけど矢印のような物が見えるので、先ほど咲夜の言っていた通り、発情状態でのみヒントが見える仕組みの様だ。


 くそう。エバノラは何が何でも僕らを発情させたい変態だな。


「みんな、そろそろ行けそうかな?」

「はい……、体は熱いですが歩けないほどではないです」

「ちょっと、慣れてきた」


 乃亜と咲夜は大丈夫そうだけど、冬乃はどうだろうか?

 背中に背負っている冬乃に意識を向けると、できる限り呼吸を整えようとしているのが分かった。


「ふぅー。私も、少しマシになって、んっ、きたわ」

「無理しないでいいよ。さっきまでのように背負って行くから」

「ごめん、お願い……」


 少し体をふらつかせながらもなんとか立ち上がった僕らは、壁にうっすらと見える矢印を頼りに歩き出した。


 かなりうっすらと見えるだけだから、近づいてよく見ないとどちらの方向に歩けばいいのか分からないから微妙に厄介だな。

 あまり時間をかけて歩いていたらまたアンと遭遇する事になるだろうし、できるだけ素早く行く方向を定めたいのに、まるで矢印がピンボケしたみたいに形がハッキリしない。


 おそらく発情度合いでこの矢印がハッキリ見える様になるんだろうけど、これ以上花粉を受ければ襲われる危険が高まる。

 もちろん襲ってくるのは乃亜達だ。

 特に冬乃が2回目の花粉に耐えられるか、正直怪しいんだよね。


 だからもうアンと遭遇する訳にはいかな――


「「アンッ! アアンッ!」」


 くそ、また現れるのか!?


「乃亜、青い花の準備を」

「はい!」


 今度は蹴り飛ばされてきてもすぐさま対応できるよう、乃亜に氷の壁を作れる青の花を構えてもらう。


 僕らは今ちょうど十字路の中心にいて、どこから来るのか耳を澄ませようとした。

 しかしそうする前に僕らの正面の突き当りで何かが出てきたので、そちらに視線を向ける。


「今度は正面からか……」

「あれ? でもこちらに来ようとしませんね?」


 壁の矢印を見て正面以外の道に行けられないか確認しようとしたら、乃亜にそう言われたのでもう1度そちらに視線を向けると、よくよく見たらそれは人の腕だった。


「もう無理……。た、たすけ――アーッ!!」


 男性Cが曲がり角から顔を出し、その場から離れようと這ってでも逃げようとしていた。

 しかし曲がり角から伸びてきた4本の妙にテカっていた腕――おそらく男性Cのパートナーの女性たちのものだろう。その腕が男性Cの頭や肩を掴んで、一瞬の内に曲がり角の向こうへと消えてしまった。


 今度は本当の嬌声だったか……。


「……向こうに行くのは止めよう。幸いにも矢印はあっちを指していないし」

「「「………(コクリ)」」」


 3人が無言でうなずき、僕の指示に従って動いてくれた。


 良かった。

 興味本位で見に行ってその空気に当てられたら堪ったものじゃないからね。


 そういう訳でさようなら男性C。助けてあげられなくてすみません。腹上死しないことを祈ります。

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