第44話 めっちゃ安全な移動手段


 サラは鬱陶しそうな表情をしてアヤメを睨んでいた。


『ちっ、また邪魔なのが来たわね。でも今度はさっきみたいに妨害できると思わない事ね』

『さっきはパパに乗って振り切られたのに、今度はもっと速そうなのに乗っているのですよ』


 いくらアヤメが〔曖昧な羽織ホロー コート〕のお陰で干渉されないとはいえ、〔迫る刻限、逸る血潮アクセラレーション〕で自身を加速させて瞬時に移動したとしても妨害は難しいだろう。


 サラが戦車に乗って高速で移動しているから、いくら[チーム編成]の〈衣装〉で初級学生服(メガネ付)を装備して先読みしても、せいぜい一度か二度不意を突くように視界を塞ぐので精一杯だと思う。


 今は一々減速して方向転換してからオリヴィアさんを狙って轢きに来ているので意外と妨害できるかもしれないけど、サラが極端なオリヴィアさん狙いを止めてスピードが落ちないように円を描くように馬を常に走らせていたら、いくらアヤメが【典正装備】を使っても結局妨害なんて無理だ。


「このままじゃじり貧だし覚悟を決めるか。さすがに一度も使ったことがない【典正装備】をぶっつけ本番で試すことになるだなんて思いもしなかったよ」


 まあぶっつけ本番というのなら、今まで〔太郎坊兼光ヘゲモニー オブ天魔波旬デーモンキング〕と組み合わせたこともない【典正装備】と組み合わせることもだけど。

 すでに使った事がある〔穢れなき純白はエナジードレイン やがて漆黒に染まるレスティテューション〕との組み合わせの方が効果も分かってていいかもしれないけど、馬力が凄そうな馬と戦車では引きちぎられて逃げられる可能性もある。


 だったらいっそのこと別の【典正装備】でいこうという訳だ。


 僕はいつでも〔典外回状〕できるように〔太郎坊兼光ショート リヴド破解レイン〕ととある【典正装備】を手に持って準備を整える。


『お待たせしたのですご主人さま』

「よし。それじゃあアヤメは僕を連れてなんとか先読みしてオリヴィアさんに近づいてくれないかな?」


 本当ならオリヴィアさんの方からこちらに来てもらえればいいのだけど、サラが走らせる戦車の走る音とその破壊音がうるさすぎて、声を張り上げても聞こえてないから仕方がない。


『死ぬのですよ、ご主人さまが』

「このままの状態でいくわけないでしょ!?」


 そりゃアヤメは〔曖昧な羽織ホロー コート〕で攻撃されないからいいけど、僕は飛んでくる木や岩の破片に対してはほぼ無力だよ。

 いくらダメージを軽減できるアイテムでも限度はあるし。


「[画面の向こう側]」

『あ、なるほどなのです』


 アヤメの〔曖昧な羽織ホロー コート〕と[画面の向こう側]の組み合わせがやはり便利だ。

 [チーム編成]の枠が1人分潰れて戦闘要員が減ってしまうけど、今のように元から人数が少ない状態なら何の関係もない。

 移動速度はアヤメ次第なので相応のスピードだけど、安全に移動できるという点ではこれに勝るものはないね。


『では行くのですよ!』


 アヤメがオリヴィアさんの元へと向かって行く。

 しかしオリヴィアさんはサラに狙われていて、スキルと〔仮初のシンボル 兎の紋章オブ ザ ラビット〕によって向上した身体能力を駆使して必死に移動しており、中々追いつくことができなかった。


『予測してるのに移動が速すぎるのですよ。〈解放パージ〉2倍速』


 アヤメが〔迫る刻限、逸る血潮アクセラレーション〕を使っても中々追いつく事ができずに苦戦していた。


「落ち着いてアヤメ。ずっと動き続けているわけじゃないから、機会は必ず来るよ」


 サラは絶え間なく突進しているわけでもなく、オリヴィアさんも時折動きを止めて息を整えていたので、それは間違いない。

 問題はオリヴィアさんがサラにやられてしまう前までに追いつかなければいけない事だ。

 とはいえ、それを言ってアヤメを焦らせてもしょうがないので、ただその機会が来ることを祈るのみ。


「天井の無いガチャで星5キャラを完凸させる確率に比べたら、その機会が来る確率の方が圧倒的に高いから大丈夫だ」

『それは比べることじゃねえんですよ!』


 アヤメが吼えながらもレースゲームのごとく障害物を避けながら着実に近づいていく。

 〔曖昧な羽織ホロー コート〕は相手に干渉されないだけなので、相手が飛ばした木や岩は透過できるのに、自然に生えていたり鎮座している木や岩は透過できないのが微妙に不便なところだ。


「ぐあっ!?」

『フヒッ、そろそろ逃げ回るのも限界かしら?』


 そうこうしている間に、オリヴィアさんがピンチだ。

 いくらスキルで身を守れるとはいえ限度があるし、あんな即死しそうな突進をすでに何十回も回避しているから疲労困憊だろう。


 もうあと数回突進されれば轢き殺されてしまいかねない状態だ。


「大丈夫オリヴィアさん?」

「鹿島先輩!? それにアヤメまで。どうしてここに……?」


 絶賛狙われているオリヴィアさんの近くに来た事に驚愕しつつも、今の僕らが攻撃されない状態であることに気付き安堵の息を吐きながら尋ねてきた。


「もちろん“嫉妬”の魔女を倒すためだよ」


 まだ[画面の向こう側]は解除しない。

 向かって来る馬と戦車が弾き飛ばしてくる木や岩の破片を出来る限り回避しないとそれだけでやられてしまうからね。


『フヒッ、言ってくれるじゃない。そんな所に逃げ込んでるのに何が出来るのかしらね!』


 サラがオリヴィアさん目掛けて再び戦車を走らせてきた。

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