第32話 第三の試練〝月の問答〟(8)

 

「ぐあああああっ!!」


 辛い、辛いよ……!


『いや、試練とは関係ないことで苦しまんでくれんか?』


 一体何度の景色を見たことか……。

 複数体欲しさに1種類のガチャで天井の景色を3回も見てしまった時はかなりきつかった。


 数々のガチャで天井の景色を見た僕にとっては、天井なんてもう親の顔よりも見たよ……。

 ガチャにつぎ込んだ金額がいくらかなんてもう分からない。

 ふふっ、もう試練とかどうでもよくない……。


『落ち込み過ぎだたわけ。いくら性欲を抑えるために過去の辛い記憶を掘り起こしても、せっかく49問目まで質問に答えたのにそれで試練を放り投げていたら意味がない、ってなんで我はこやつのフォローをしておるのだ?!』


 いや、知らない、よ。うぅ……。


『くっ、こやつの負の記憶が我にも侵食したとか、末恐ろしいな……』


 ああ、自分でもわかる。

 今僕は性欲に対し、痛みと不幸爆死の感情が拮抗して、ギリギリ耐えられているのが。


 くうっ、頭ももうまともに思考できそうにない……。

 早く、耐えられている今の内に早く最後の質問を……!


『……試練を続ける気はあるのだな。はぁ。こやつの思考などもう見たくないから、我も早く終わらせたい……。では第五十問、貴様はなんのためにダンジョンに潜る?』

「かき――」


 その質問は、僕にとって致命傷だった。

 課金の為という絶対不変の真実に対し、頭の沸いてるこの状態では思わず条件反射で本音を口にしてしまう――はずだった。


「「「うぅ……」」」


 三方向から伸ばされた手が僕の足を掴んでおり、その衝撃で答えるのを止めてしまった。


「先輩……しっかり」

「はぁはぁ、ここまで、来たのよ……」

「……頑張って」


 僕が答えている間にある程度性欲がマシになったからなのか、それとも性欲にかられたのか分からないけど、気が付いたら3人は這って僕の足元まで来ていたのか。


 昂った性欲が思わず3人に向かいそうになり、僕は反射的に自分の腕に思いっきり噛みついた。


「ふぐううぅうぅ!!」


 ダメだダメだダメだ!!

 手を出すな手を出すな手を出すなあーーーー!!


 口の中を伝うわずかな血の味と腕への強烈な痛み、そしてガチャへの執念を思い出せ!!


 ガチャしたい回したいタップしたい引き当てたい限凸したい神引きしたいおはガチャしたい新キャラ出るまで回したい、そして何より課金したい!!


「ふぅー、ふぅー、ふぅー」


 少しだけ、ほんの少しだけ冷静になれた一瞬の隙に、パッと思いついた言葉を口にしていた。


「はぁはぁ、世界平和?」

『………………くっ、くく、ふはははは! 呆れた奴だ。確かに嘘だが、貴様ほどある意味頭が平和なやつなどいないというのにな』


 答えたため性欲の増幅は止まり、腕を思いっきり噛んだせいで腕と口が痛いけれど、そのお陰で徐々に落ち着いてきた。

 ところで今、酷い事言われなかった?


『酷いのは貴様の頭の中だが、まあよい。これで試練は達成だ。主の元に向かうがよい』


 そう言って大仏は僕の2倍程度の大きさだったのに、ムクムクと大きくなっていき元の何十倍もの大きさになったと思ったら、僕らをまとめて掴んできた。


 え? 主ってエバノラの事じゃ?


 そう思いながら周囲を見渡すけれど、エバノラの姿はここにはなかった。

 試練中もずっと静かだったと思ったけれど、実は別の場所にいたのか。


 じゃあどこにいるんだって話なんだけど、それよりも……。


「ねえ大仏さん。なんで大仏さんの口が大きく開いているの?」

『それはね、君達を食べちゃうためだよ』

「おいーーーーーーー!!!?」


 童話の赤ずきんちゃん風に聞いたら、マジで予想通りのとんでもない答えを返してきたよ!?


『うるさい。貴様は看板をよく見たのか?』


 何だって?

 そう言われて突き刺さっている看板に視線を向けると、そこに書いてあったのは――


 《嘘をついた者には以下の天罰が下る》

 ・嘘をついた者とその関係者全員が大仏に食われる


「さっきまで体罰系だったのに、いきなり処刑に変わってるじゃん!?」


 発情がきつかったし、ずっと同じような罰だったから全然見てなかったよ。


『罰だから諦めて受け入れろ』

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「「「きゃあぁぁぁぁぁ!?」」」


 大仏は無情にも僕らを口の中に放り込んでしまった。


 ここまできてこの仕打ちはないでしょ!?


 思わずギュっと目を瞑り、来るであろう衝撃に備えたのだけれど、何時まで経っても何も衝撃波は来なかった。

 なので恐る恐る目を開くと、僕らは地面からほんの少し浮かんだところで静止していた。

 しかしそんなことよりも、今僕らが見ている光景は明らかに大仏の胃の中ではなく――


『試練クリアおめでと~。この姿では初めましてよね。私はエバノラよ』


 妙齢な美女が際どい水着を着て、ベッドの上で涅槃のポーズを決めている光景だった。

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