第39話 しょうもない理由


『フ、フヒヒッ。本当はもっと早くあなた達を叩きのめしたいと思っていたわ。

 だけど“カムランの戦い”の試練にはわたしは介入出来ないからただ観ていることしか出来なかった。

 ようやくあなた達をわたし自らの手で殺せると思うと興奮する一方よ!』


 先ほどから僕らをにらむ目は、あの“平穏の翼”に匹敵しかねないほどの憎悪が宿っているように見えた。

 途中の試練で出てきた時にはここまでではなかったのに、一体どうしたっていうんだ?


「何故だ? 私達は試練に挑んだだけでそこまで憎まれるような事はしてないはずだが?」


 僕と同じように思ったのかオリヴィアさんが眉をひそめて問いかけていた。

 するとサラがプルプルと体を震わせると、持っている槍をこちらに勢いよく向けてきた。


『とぼけるのも大概にしなさい! 本来であればわたしに嫉妬するはずの試練で、わたしが嫉妬するほどいちゃついていたくせに!!』


 そんな理由で僕らへの殺意が高いの!?


 ものすごくしょうもない理由で“平穏の翼”の人たち並みに怒るとか拗らせ過ぎでしょ!?


『死になさい』

「そんなふざけた理由で殺されてたまるか!」


 まったくだよ。


 オリヴィアさんが聖剣でサラの槍を受け止め――


「くっ!?」

『アハハハ!』


 きれずに吹き飛ばされた?!


 サラの槍捌きは素人の僕から見ても拙いもので、子供が棒を振り回しているようなものなのに、なんなんだあの異常な力は。

 やっぱり【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】になっているだけあって、見た目に反した力を持っているということか。


『〈解放パージ〉2倍速!』

「助かる!」


 アヤメがマズイと判断したのか、オリヴィアさんに〔迫る刻限、逸る血潮アクセラレーション〕を使用した。

 そのお陰でサラと距離をとれたオリヴィアさんは木が生い茂る島の中心へと向かいだす。


「一回態勢を立て直そう。あんなものを正面から受け止め続けるなんて私には無理だ」


 いや攻撃を受けなかっただけマシだよ。

 僕だったらさっきの一撃で両断されてるね。


『どこに逃げる気? わたしを倒さない限りこの空間からは出られないのだから、逃げるだけ無駄よ!』


 木を障害物にするようにオリヴィアさんは逃げるも、サラはその有り余る力で槍を振り回して木を吹き飛ばしながらこちらを追いかけてくる。


「いや、無茶苦茶だな!?」

「くっ、あの様子ではスタミナ切れも期待できそうにないか?」


 普通の人間であればいくら膂力が強くなっていても、あんな無茶苦茶な動きをしていたらその分体力も消耗して長くは動けないだろうに、見る限り汗一つかかず、顔色ひとつ変えずに向かって来ているだけに、オリヴィアさんの言う通りスタミナ切れはしなさそうだ。


『これ以上そっちには行かせないわよ! さあわたしと戦いなさい!』


 そう言ってサラはへし折った木をいくつも投げ飛ばして、オリヴィアさんの向かっていた進路を塞ぐようにしてきた。

 急いでオリヴィアさんは別の方へと逃げようとするも、少し足が止まった間に逃げようとした方向に先回りされてしまう。


 何とかして逃げたいところだけど、このまま背を向けて逃げれば間違いなく殺されることになるか。


「ちっ、あんなの相手に正面から戦うなど正気ではないが仕方ないか」

「やるしかないみたいだね。いざとなったら[助っ人召喚]か他の手札を切るしかないかな」


 正直、相手にどんなギミックがあるのかも分からない状態で1日に使える回数に制限のあるもの、というか基本的に1回しかないのを使いたくはないけど、出し惜しみして死んだら元も子もない。

 いくら死んでも復活できるとはいえ、もう一度ここに来れる自信はないのでこの1回で何とか倒しきりたいところだ。


『フヒッ。ようやく戦う気になったのね? それじゃあ行くわよ!』

「来い!」


 先ほどと同じように凄まじいスピードでオリヴィアさんへとサラが向かってくるけど、どれだけ速いのか覚悟ができている今はなんとか対応できていた。


 だけど振り回される槍を躱し続けるのも限界はある。

 もしもオリヴィアさんが達人級の武術の腕前であれば、サラの速いだけの攻撃をさばき続けるのも余裕かもしれないけど、基本的にダンジョンでは魔物を相手にするので対人戦の経験もそれほどないであろうオリヴィアさんにはそんな事不可能だ。


 すでに自分の周囲に障壁を張るスキル、[シールドコート]を何度も壊されている。

 [シールドコート]で攻撃の軌道が若干変わるお陰で直撃は避けれているものの、その余波だけでオリヴィアさんの着ているメイド服は破損し、体には少なくないダメージを受けていた。


 乃亜がいれば[損傷衣転]でダメージは服だけで済むというのに。

 いや乃亜でなくとも、もう1人くらい前衛でも後衛でもまともに戦える人間がいればと思わなくもないけど、いない人を考えてもこの状況は良くならない。


 このままではいずれオリヴィアさんに攻撃が当たってやられてしまうし、何とかしないと。

 そう思ったのは僕だけではなかった。


『こうなったら仕方ないのです。隙を作るから何とかして欲しいのです。〈解放パージ〉2倍速。〈解放パージ〉。からの〔曖昧な羽織ホロー コート〕なのです!』


 アヤメが自身の持つ全ての【典正装備】を使い、自身を〔迫る刻限、逸る血潮アクセラレーション〕で加速し、〔射線で割断する水流ウォーターカッター〕による攻撃で少しでも怯ませた後、〔曖昧な羽織ホロー コート〕で干渉されなくしてサラへと特攻していった。


『なっ!? くっ、邪魔よ!』


 アヤメがサラの顔へと飛んでいったせいで、サラは視界を遮られ思わず手で振り払おうとするも、アヤメは〔曖昧な羽織ホロー コート〕の効果で触れられなくなっているから無駄だった。


「今だ!」


 大きな隙であり、オリヴィアさんが放つ斬撃は戦闘不能とまでいかなくとも間違いなく大ダメージとなる。

 誰もがそう思った。


 ――キンッ


「なに?!」


 だけどオリヴィアさんの攻撃は、何故かサラへと触れる寸前で何かに阻まれたかのように防がれてしまった。

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