第35話 報酬

 

『こんなのって……ない……』


 先ほどまで白かった服は様々な飲み物が混ざった色の服になり、とても泉の女神とは言えない有様になってしまったためか水の上で顔を手で覆って嘆いていた。


「飲み物を水に流していったらドンドンゴブリン達が弱くなったし、あのゴブリン達も実は【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が生み出した分身みたいなものだったのかな?」

「なるほど。ゴブリンキングを弱く感じたのは、最初の300匹近いゴブリンの死体が泉に落ちてたからあの時にはもう弱体化してたんですね」

「そうね。ナイト達が持つ水弾を撃つ魔剣も最後には水鉄砲にも劣る水量しか出てなかったし、これが攻略方法だと確信したけどなんだか虚しいわね」


 もはや風前の灯火となった泉の女神がその存在を薄れさせていて、今にも消えてしまいそうだった。


「こっちから直接攻撃が出来ない代わりに、向こうもこっちに直接干渉出来ないみたいだからこれで終わりだね」


 そう言って僕は止めを刺すべくとあるを取り出した。


「正直使い道なくてスマホの肥やしになってたけど、意外なところで使えるもんだね」

「……ねえ、それってまさか」

「うん、墨汁」

『………っ!!?』


 言葉にならない悲鳴を上げている泉の女神を尻目に僕はキャップを外す。


「書道とかしないからこれは君にあげるよ」

『ギャアアアアアーーー!!!』


 容器の中の墨汁を流し切った時、床一面に広がっていた地面が淡い光を纏いだした。


「これは魔物が消えてく現象と同じ……?」


 床に向けていた視線を泉の女神の方へと向けると女神の体が崩壊していっており、やがて全身が光の粒子となって消えていった。


「終わった?」

「終わりですよね?」

「終わりよね?」


 僕ら3人は互いに見合った後、そろって安堵の息を吐いた。


「「「あー終わった~」」」


 僕もだけど、2人も立っている気力もないのか床に座って体を休め始めた。


「最後はともかく途中は死ぬかと思ったよ」

「あれでFの2ランク上って、Dランクの魔物はどんだけ強いんですか……」

「あくまで目安だしDランク全部がこんな馬鹿げた強さじゃないはずよ。それに分かれば簡単にクリアできてしまう弱点があったからこそ、あれだけ無茶苦茶な能力だったんでしょ」

「まあこんな攻略するにはダンジョンに無駄に物を持ってきてないといけないので、普通は一筋縄じゃいかない相手だったのでしょうが」


 戦闘が完全に終わって、いかに【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が厄介な相手かを話していた時だった。


 ――ポンッ


 小気味良い音が鳴ると共に僕らの目の前に3つの宝箱が現れる。


「この宝箱が攻略報酬なのね」

「これがハイリターンな報酬なのか」


魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】にはどの冒険者も関わりたくないと思っているけれど、中には進んで【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】に挑もうとする人もいる。

 その理由が【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】討伐時に得られる特別な報酬【典正てんせい装備】なのだ。

 それは持ち主の専用装備となるため売ることは出来ないけれど、強力なアイテムなので持っているだけで他の冒険者からは羨望のまなざしを受けることになる。


 まあ羨ましいなら倒しに行けよと言う話かもしれないけど、実際に【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を身をもって体験した立場から言わせてもらえば、それを言ったやつには正気かお前は? と尋ねるところだ。


「どんなアイテムが出るんでしょうか? 凄く楽しみですね!」

「それじゃあ一斉に開けてみましょう。いっせいの~せ!」


 僕ら3人とも宝箱を開けると中から――


「大楯ですね」

「剣、かしら?」

「……固形の墨」


 ……ちょっと待てと言いたい。

 これはあれかな?

 あの泉の女神の恨みがこれ一本に詰まってるとでも言いたいのかな?


 墨汁から固形墨に生まれ変わったと言っても過言ではない【典正装備】に、僕はなんとも言えない気持ちになった。


 2人は武器なのになんで僕には習字道具なんだよ……!


 乃亜が手に入れたのは大楯で、今現在使っているデザイン性のない無骨なものと違い縁の部分に波の装飾が施されており、さらには表面が鏡かと思うほど異常なまでにピカピカになっていて、一見オシャレな姿見のようだった。


 白波さんが手に入れたのは剣で、その切先が丸く、エクゼキューショナーズ・ソードと呼ばれる剣に酷似しており、柄頭の箇所には水晶が埋め込まれていて正直かっこよくていいなと思う。


 最後に僕のは……墨だ。

 まごうことなく墨だ。

 どうきれいに言いつくろうとも、墨だ。

 泣きたい。


「先輩落ち込まないでください。見た目は何であれ【典正装備】なのですから」

「そうよ。魔道具なんかよりも特殊な能力を持ってるはずなんだから見た目ほど悪くないはずよ」


 励ましてくれてるけど見た目は悪いって言ってるのと変わりないからね?


「〔毒蛇の短剣〕みたいなアドベンチャー用品店で売ってる魔道具よりは特別な力があるだろうけど……墨だよ?」


 2人に見せつけるように墨を掲げると、サッと視線を逸らされた。


 ねえ、なんでこっちを見てくれないの?

 なんで肩を震わせて笑いをこらえているの?


 2人の反応にもっと落ち込んでいると僕らの近くの床で魔法陣の光が浮き上がった。


「これで元の場所に戻れるのかな?」

「いえ、ダンジョンの外まで転移してくれるはずよ」

「しばらくゴブリンは見たくないので一気に地上に戻れるのはありがたいですね」

「よし、それじゃあ帰ろうか」


 僕らはそろって魔法陣へと足を踏み入れた。

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