第19話 “強欲”と“傲慢”

 

 頭に響いてきた声の主のいる方向へと視線を向けると、そこには人らしき人物が宙に浮かんでいるのが見えた。


 あの辺りは僕らがいた光の柱が舞い上がった場所?


『キシシシ。私達を呼び出すなんて、なんて強欲なのかしら?』

『クシシシ。私達を呼び出すなんて、なんて傲慢なのかしら?』


 明らかに声の届かない距離にも拘わらず、何故か頭に直接響く様に聞こえてくる声。

 そのセリフが強欲と傲慢というフレーズであり、ある人物達を思い浮かべずにはいられないと思ったときだった。


 ――トゥルルルル


 この状況で鳴る僕のスキルのスマホにデジャブを感じずにはいられない。


 嘘でしょ? てことは、やっぱりあそこに浮かんでる人達は……。


 半ば確信に近い考えが頭に浮かびながら、僕はスキルのスマホの電話を取った。


「はい、もしもし」

『エバノラよ。どんな星の下に生まれたらこんな短期間に私達に頻繁に遭遇することになるのかしら?』

「別に遭遇したかったわけじゃないんですけど。それよりもそう言うってことはあれ、魔女なんですね」


 スマホが鳴った時点で完全に予想できたよ。


『ええそうよ。だから今すぐそこから

「はい?」


 以前“怠惰”の魔女ローリーと出くわした時は会話を求めていたのに、今回は逃げろと言うなんてどう言う事なんだ?


『そこにいるのは“強欲”の魔女イザベルと“傲慢”の魔女マリよ。

 ハッキリ言ってあの双子は性格が悪いわ』

「自分の仲間に対して随分な言いようだね」

『“強欲”に“傲慢”なのよ? もうすっごいワガママなんだから。話し合いで片が付いたりする相手じゃないわよ』

「“色欲”も“怠惰”も話し合いで済みませんでしたよね?」

『そんなレベルじゃないわよ。あの子達は人間を殺したいと思ったら率先して動くタイプで、私達とは違うもの。

 遠距離から一方的に攻撃して倒せるならそれが一番――』

『『あらあらあら? エバ姉様の気配がするわ』』


 ゾクリとする感じに宙に浮かぶ2人の魔女へと視線を向けると、2人の顔がこちらを向いていた。


「ロックオンされたんですけど!?」

『だからさっきから言ってるでしょうが。早くそこから逃げなさい!』

「咲夜!」

「分かった。でも6人抱えるのは無理」


 確かにそんな事が出来たらもはや曲芸の域だろう。


「ソフィアさん、オリヴィアさんを抱えてさっきの飛行モードで移動できる?」

「分かったよ。戦闘する訳じゃないなら問題ない」

「よし。じゃあ僕は[画面の向こう側]で異空間に入ってるから」


 急いで咲夜にしがみついた乃亜達は、すぐさま移動を開始した。


『『逃がさない。

 ここは私達の領域。夢は現実となり、虚構が世界を塗りつぶす』』

『穴に落ちた少女は別の世界へと旅立った』

『鏡を潜り抜けた少女は別の世界へと旅立った』

『『どちらの世界も所詮は夢。だけど夢が現実にならない決まりはないでしょ?

 さあみんなで一緒に現実を見ましょう。その命が尽きるまで。〝ドリームエンド〟』』


 しかしそれはあまりにも遅すぎた。

 [鬼神]と[デウス・エクス・マキナ]での移動速度は車よりも速かったのだけど、双子を中心に真っ黒な球体があっという間に広がっていき、僕らはそれに吞まれてしまった。


 ◆


 ≪恵SIDE≫


 襲ってきた人は思ったより弱かった。

 自分はステージの上にいてバフやデバフをかけたりするだけだったけど、ケイ達や他の護衛の人達があっという間に倒してくれて、ここにいる人達の被害は軽微だった。


 というか護衛の人達がメチャクチャ強かったんだ。

 日本から着いて来た人達もそうだけど、こっちに来てからロシアと中国の両方から配備してくれたボディーガードの人達もその強さはもちろん、人数も多かったため制圧は簡単だった。


「派生スキルの[ライブステージ]があるから、怪我させられる心配はないって伝えていたけど、自分に随分と人を割いてくれてたんだね」


 ステージの裏からかなりの人数が出てきた時にはビックリしたよ。


「それだけ恵を重視してくれてるってことでしょん。ただ、あたし達はあまり活躍できなかったわねん」

「みんなが下手にケガするよりは全然いいよ」

「まあそうだね~。でも会長にとってはいい眠気覚ましになったんじゃないかな~?」

「刺激的な目覚まし」

「あんな殺気に満ちた目覚ましは嫌だな」


 襲撃者は捕らえれたために安全になったので、みんなと呑気に話していた時だった。


 突如として光の柱が立ち上り、少しして巨大で黒い球体が自分たちのいる場所の手前まで一気に広がったんだ。


「なに、これ?」

「よく分からないけど下手に触らない方が良さそうねん」

「それはいいんだけど~、さっきまでそこにいた人達はどうなったのかな~?」

「パクパクされた」

「鈴は不吉な事言わないでくれないかな」


 食べられたとか縁起でもないよ。


 少なくとも自分らに出来ることはなさそうだし、せいぜいスキルの発動を止めないでおくしか出来る事はなさそうだ。


 歌う意味はないためぼんやりとスキルの維持に勤めながら、人も魔物もまとめて取り込んでしまったこの球体を眺めていたら、軍の人がやってきて自分に指示をしてきた。

 襲撃者以外で死んでしまった人と黒い球体に取り込まれた人を呼び寄せて欲しい、そう依頼された。


 こんな状況になってしまったんだ。

 確かに一回仕切り直すのが無難だろう。


 襲撃者の蘇生に関してはさすがに仕方がないと思っている。

 蘇生させた直後に暴れてその人物の近くにいた人が殺されてしまったら、今度は蘇らせられないんだから。


「[役者はここに集うオールスター緞帳よ上がれカーテンコール]。………?!!」


 ステージの緞帳が降り、指示された人物を呼び寄せようとした。

 だけど呼び寄せられる人物のリストがあまりにも少ない!


 数千人は間違いなくあの球体に取り込まれているはずなのに、呼び寄せられるのがその1割にも満たないのはどういうことなの?!


 スキル使用後、呼び寄せられた人達の事情聴取で判明した。

 あの黒い球体に取り込まれる前に死んだ人間しか呼び寄せられなかったという事が。

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