第1話 【Sくん】

 

≪乃亜SIDE≫


 魔女達に先輩が連れ去られてしまった後、わたし達は仕方なくあの場を取り仕切る人達がいる建物のあるところまで退避する事にしました。


 ……本当はあの場から離れたくなかったのですが、ソフィア先輩とオリヴィアさん、それにアヤメちゃんに無理やり引っ張られる形でわたし達7人はここまで逃げてきました。

 もっとも逃げる意味があったのかは疑問ですが。


『ガチャ~』


 わたしが抱えている先輩をデフォルメした存在、【Sくん】は大人しくわたしのスマホを握ったまま特に何かをしようとしませんし。

 さっきまで怒涛の勢いで課金しまくってガチャを回し続けていましたが、キャリア決済の上限で課金出来なくなってからは大人しいものです。

 しょんぼりとした悲し気な顔でスマホを見ているのがちょっと可愛いです。


「蒼汰君、どうなったのか、な?」

「死んでいないのは間違いないのでしょうが……」


 こちらの【Sくん】が存在している以上、生きてはいるはずです。

 この【Sくん】を[鑑定]のスキルを持つ人が確認したところ、何者かをコピーしそれを元に創られた分身体であると聞いているので、今もその分身体が巨大なカプセルトイから吐き出されている以上、生きていないとおかしいんです……!


『ご主人さまに死なれるとパパとママに会えなくなって困るので、生きていて欲しいところなのです。

 ところで2人はいつまでそれを抱えているつもりなのです?』


 アヤメちゃんがフワフワとわたし達の近くを浮きながら、わたしと咲夜先輩にそう言うのを聞いていた冬乃先輩が横で賛同するように頷いていた。


「その通りよね。ソフィアさん達はとっくにスマホを壊す覚悟で倒したわよ」

「……ボクも、【Sくん】抱えたかった」

「私とオルガさんの場合は、奪った後泣きながらスマホ返してどこかに走り去っていったものね」


 冬乃先輩とオルガ先輩もわたし達と同様にスマホを【Sくん】に奪われたのですが、【Sくん】はスマホを見て愕然としながら膝をつき、泣きながら返してきました。


【Sくん】の被害に遭わない唯一の方法がスマホに一度もゲームをインストールしていないとか、ほとんどの人は無理な達成条件ではないでしょうか?


「冬乃先輩は一度もゲームを遊んだことがないんですね」

「お金がなかった時はバイトや秋斗と夏希の面倒をみるのに忙しかったし、今はお金と時間があっても、蒼汰を見てると課金したくなったりするんじゃないかと怖くて出来なかったのよ」

「「『ああ~』」」


 納得の理由です。


「……ボクはただ命令に従って勉強とレベル上げばかりしてたから、ゲームの存在を知らなかった」


 これはこれで納得できますが、ちょっとばかり重い話なのです。


 ただゲームの存在を知らなかったからこそ、勝手に課金されたりスマホが壊れるような被害に遭わなかったので良かったとも言えますが。

 いえ、オルガ先輩は【Sくん】を抱っこしたかったようなので不幸だったといえば不幸なんでしょうか?


 そんなオルガ先輩とは違う意味で悲しそうにしているのは、スマホが壊れてしまったソフィア先輩達ですね。


「困ったね。まさかスマホまで一緒に壊れるなんて」

「他の冒険者達がスマホまで一緒に壊れると悲鳴を上げていたから分かっていた事だがな。放置すれば勝手にお金を使われるのだから仕方あるまい」

「でもまさか〔マジックポーチ〕に入れてあったスマホを抜き取られるのは予想外だったよ」


 ソフィアさんの言う通り、ポケットなどに入れていた訳でもなく、〔マジックポーチ〕にしまっていたスマホまでわたし達の身体に触れただけで奪えるのですから驚きです。

 おそらく攻撃性能を犠牲にしてその関連のみに特化させた存在なのでしょう。

 もう冗談みたいな存在です。


 そんな冗談みたいな存在ですが、正直に言って笑えません。


 なにせ【Sくん】がスマホを手放しませんし、対処してもスマホが壊れますから、どの道スマホが使えなくなります。

 そうなれば通信通話の連絡手段はおろか、地図、カメラ、音楽、アラーム、モバイル決済と、スマホで済ませていた事がすべて出来なくなるのは生活が不便で仕方ありません。


 そのデメリットに対してメリットが【Sくん】を所持できることなのですから、他の人にとっては釣り合いなど到底取れないことでしょう。


「この事態をどうするか上の人達が考えているみたいだけど、一体どうするつもりなのかな?」

「さあな。もしかしたらあのカプセルトイにミサイルでも打ち込むのかもしれん。効くかどうかは怪しいところだが」


 ソフィア先輩の疑問にオリヴィアさんは腕を組みながら顔をしかめて肩をすくめていました。

 確かに【Sくん】がカプセルから出てきた直後、あれを本体だと判断して攻撃をしかけていた人達がいましたが、傷1つついてませんでしたからね。

 強力そうな攻撃が何度も当たってもビクともしていなかったです。


「もしかしたら倒すのに条件がいるタイプかもしれませんね。わたしと冬乃先輩が戦った【泉の女神】は本人に直接攻撃できず、泉を汚すことで倒せるような特殊な存在でしたから」


 もっとも、先輩を無事救出できるまで下手に倒されたら困るのですが。


「……ん?」


 あの巨大なカプセルトイに対してどうするのだろうかと話していた時、ふと、オルガ先輩が何かを見つけたのか誰もいないはずの方に視線を向けていました。


 それにつられたわたし達は同じようにそちらに視線を向けると、そこにはテチテチと歩き、どこか周囲の様子を警戒しながら歩いている【Sくん】がそこにいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る