第8話 電話


 夏希の今後の教育をどうしていくかを考えつつ、私は台所へと向かう。


「お姉ちゃん、ご飯作るの?」

「ええそうよ秋斗。今日はカレーね」

「え~またカレー?」


 夏希が不満そうな口調でそう言うけど、これが一番安上がりで量を作れるから、次の日にも回せて経済的に得なのよ。

 そのせいでカレーの頻度が多いせいか、子供ならカレーが好きって考えがうちには無くなったけど。


「お姉ちゃんが冒険者になってお金稼いでるんだから、たまにはお肉とかでもいいと思うんだけどな~」

「もう少し貯金が出来たらね」


 夏希の言う通り、結構稼げたから少しくらい贅沢してもいいかもしれないけれど、冒険者なんて収入が安定しないから貯めれる内は貯めておかないと。

 だからうちのカレーに肉なんて具はない。


 秋斗と夏希が大学までいくことを考えれば、今の貯蓄じゃ全然足りないもの。

 蒼汰達のお陰で800万近い金額を稼げたけれど、国公立の大学だとしても540万近くかかるらしいから、少なくとも最低1000万は貯蓄出来るまでは我慢してもらわないと。


 私はこのまま冒険者として生きていくつもりで、大学には行く気がないから今の貯蓄で十分だけど、2人には冒険者みたいな不安定な職じゃなくて、公務員みたいな安定した職に就いてほしいからね。


「ぶーぶー」

「駄目だよ夏希。そんなワガママ言ったら」


 秋斗はもっとワガママ言っていいのよ?

 夏希と秋斗は足して2で割ったら丁度よくなるんじゃないかしら?

 秋斗はあまり主張しないから助かる面もあるけれど、いつか不満が爆発したりしないか逆に心配なのよね。


 ――プルルルル


「あ、電話」

「ぼくが出るよ」


 私が野菜を洗っていて手が離せなかったため、秋斗が率先して電話を取りに行ってくれた。


「知らない電話だったら出ちゃダメよ」

「うん」


 変な詐欺まがいの電話が来ることもあるから、うちでは基本的に知らない番号が表示された場合は出ないようにしている。

 詐欺の電話が来ても払えるお金なんてないんだけど。


「お姉ちゃん、知らない番号だった」

「そう。なら放っておいて。用があるなら留守電いれるでしょ」


 詐欺だと留守電に切り替わったらすぐに切るからね。

 全く、真面目に働きなさいよホント。


 そう内心憤慨していたら留守電に切り替わったけれど、まさかこの電話が詐欺よりも酷い電話だったとはこの時の私は思いもしなかった。


『もしもし、俺だ。四季だ。千春、この留守電を聞いたら折り返し連絡をしてくれないか?

 少し頼みたいことが――』


 このふざけた電話の主が誰なのか分かった瞬間、持っていた野菜を放り投げて私はすぐさま電話に出た。


「電話なんてしてきて何のつもりよ……」

『おおっ、その声は冬乃か?』

「ええそうよ。で、何の用?」


 私は内心怒鳴り散らしたくなる気持ちを押さえていた。

 浮気して一方的に出ていった父と呼びたくない男、久保村くぼむら四季しきからの電話。

 無視をするなんて選択肢はなく、秋斗や夏希に留守電越しにすらその声を聞かせたくなかったことに加え、文句の1つも言ってやりたいと常々思っていたので電話に出た。


『冬乃、お前冒険者してるんだよな? この前テレビで見たよ』

「用がないなら切るわよ」


 くだらない世間話をする間柄じゃない。

 文句の1つも言ってやろうと思ってたけど、いざ話すと文句を言う前に無性にこの電話を切りたくて仕方がない衝動に駆られるんだから不思議だわ。


『ま、待ってくれ! 実はどうしても頼みたいことが……』

「何であんたの頼みを聞かないといけないのよ。浮気して勝手に出てったくせに頼み事なんか出来る立場だと思ってるの?」


 こいつが出てった後、引っ越しする余裕も無かったし電話番号も変えていなかったとはいえ、勝手に蒸発したやつが連絡をしてきて、しかも頼み事とか何様のつもりよ。


『それは……すまないと思ってる』

「思ってるだけで反省なんて一切してないじゃない。本当に反省の1つでもしてるなら慰謝料に養育費を払いなさいよ」


 こんな男の金なんて欲しいと思わないけど、それで少しでも秋斗達に贅沢させてあげられるなら貰っておこうじゃない。


『……千春はいるか?』

「はあ? なんで母に代わらないといけないのよ。そもそもあんたがいなくなったせいで母は毎日遅くまで働いてるんだからこの時間にいる訳ないでしょ」

『そうか……。なあ千春に会って話せないか伝えてくれないか?』

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!! 4年前に勝手にいなくなったくせに今更母に何の用なのよ!」


 慰謝料に養育費の話になったら急に話題を変えて母を呼べとか、絶対ロクな話じゃないことは間違いないわ。


「2度とこの電話に、いえ、私達に関わってくるんじゃないわよ!!」

『まっ――』


 私は受話器を叩きつけて電話を切ると、すぐさま今の番号から電話がかかってこないよう着信拒否の設定をする。


 子供の世話もロクにしなかったくせに父親面して話しかけてくるんじゃないわよ!

 あーもう、イライラするわ!


「お、お姉ちゃん?」


 イライラしていた私は秋斗から声をかけられてハッとした。

 いけないいけない。

 この子達に変な心配はかけないようにしないと。


「気にしないで秋斗。それと2人とも、今みたいにおかしな留守電が来るかもしれないけど、あなた達は絶対に出ちゃダメよ。いいわね?」

「「う、うん……」」


 私は出来る限り内心の怒りを抑え込んで2人に話しかけたつもりだけど、2人に隠しきれていないのか少し怯えた表情で頷かれた。

 はぁ、ダメね私は。自分の感情が隠せないなんて。


 楽しい1日だったのに、あの男のせいで一気に最低な気分にさせられたわ。

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