第36話 虚しい

 

『準備が出来たようね』

『それじゃあ1組ずつあの門を潜りなさい』

『それぞれ別の空間に移動するわ』

『だからお互い助け合う事はできないわ』

『『せいぜい頑張って試練に挑みなさい』』


 マリとイザベルが示す門は、到底人の力では開ける事が出来なさそうな大きな城門だった。


 これじゃあそもそも入れなくない?


 そう思ったけれど、真っ先に1組のパーティーがその門へと向かって行くと、城門は自動で開いていったのでそんな心配は必要なさそうだ。


「僕らも行こうか」

「はい。この中の誰かがドッペルマスターさえ倒せばみんな救えるんですから、そこまで絶望的な試練ではないですね」

「そうね。もしも125人で5千人近い人と戦う事になっていたら到底勝てなかったわ」

「〝神撃〟で消し飛ばしちゃいけないし、ね」


 おいおい咲夜。そんな事して救うべき人達を消しちゃったら、何のために追加の試練を受けるのか分からなくなるから。


『倒すべきドッペルマスターってどんな存在なんでしょうかね?

 せめてもう少し情報があれば探知できそうなのですが、何の情報もなしでは探せるかどうか分からないのです』


 マリとイザベルにドッペルマスターがどんな見た目なのかとか聞き出せず、見れば分かるの一点張りだったからね。


『キシシ、それを言ったら試練にならないじゃない』

『クシシ、それを考えるのも試練の醍醐味よ』

「……なんで着いて来てんの?」

『『面白そうだから』』


 自由か!?


 あまりにも当たり前のように後ろから着いて来てたけど、そんな理由で一緒に来るとか試練する側の人がやっていい行動じゃないよ。


『基本的に私達は何も口出ししないから安心しなさい』

『ええ、ただ見ているだけの野次馬だと思えばいいわ』


 何をどう安心しろと?


 そう思いはするけど、何を言ったところでこの2人は絶対に言う事を聞かないので好きなようにさせるしかないか。

 とりあえず着いて来てるマリとイザベルは気にしない事にするのが僕らの中で決定した。


「じゃあ、改めて行こうか」


 果たして僕らはこの試練をクリアできるのだろうか、という不安を抱えながら城門へと近づいていく。

 ゴゴゴと重苦しい音を立てて開かれる門を潜ると、そこには立派な庭園が広がっていた。


「うわぁ、凄い綺麗な場所ですね」

「ここが試練の場所でなかったらゆっくり見て回りたいくらいよね」

「綺麗。でも試練がすでに始まってるなら、ここでドッペルゲンガーに取り込まれた人が襲ってくる、かも?」


 色とりどりの花が咲き誇る庭園に感嘆の声を漏らす乃亜達だけど、すぐにその気持ちを切り替えて周囲を警戒しだした。


『安心してください。今のところこの周囲には誰もいないようなのです』

「そうなの?」


 割と人が隠れやすそうな大きな木とかも生えてるから、奇襲するには悪くない場所だと思うのだけど。


『はい。人のいる気配のする場所はあの建物の中ですね』

「わざわざ大人数で襲える庭じゃなくて城の中で待ち構えるだなんて、どういうつもりなのかしら?」


 冬乃のその疑問に誰も答えなど持ち合わせてはいなかった。


「とりあえず城の中に向かいましょう。どの道庭になにもないのであれば、ここにドッペルマスターはいないはずです」

「そう、だね。ドッペルマスターは見れば分かるって言ってたし、乃亜ちゃんの言う通りここにいるより城の中にいこう、か」


 庭を通り過ぎ、僕らは城の中へと入っていく。

 城の入口は開け放たれていて、誰でも簡単に入れるようになっていた。


 城の中も見事な光景であり、これが観光だったのなら写真を撮って周りたいくらいだけど、今はそんな余裕は一切ない。

 なんせ200人近いドッペルゲンガーがこの城のどこかに潜んでいるのだから。


『ご主人さま! 近くに大勢の人の気配が』

「僕らを襲撃するためにそこに控えているってことかな」


 戦闘できるのが実質3人で殺さない様に200人程度の冒険者を相手にしないといけない以上、いっぺんに襲われるのは避けたいところなんだけど……。


『いえ、それが……』

「どうしましたか?」


 言い淀んでいるアヤメに乃亜が問いかけるも、まるで言語化するのが難しいと言わんばかりの表情をアヤメは浮かべていた。


「何か問題でもあったのかしら?」

『う~ん、これは見た方が早いかと』


 冬乃が尋ねるとアヤメは困った表情のままとんでもない事を言い出した。


「え、大丈夫なの?」

「大勢そこにいるんだよ、ね?」

『ご主人さま、咲夜さん、問題ないのです。見に行くだけなら戦闘にはならないでしょう』


 自信満々にアヤメがそう言うので、僕らは大勢の気配が感じられるという部屋の近くへと向かう。


『『『ワハハハハッ!』』』


 笑い声?

 なんだか騒々しいんだけど、あの部屋で一体何が?


 僕ら全員が感じたその疑問は、コッソリと扉を開けて中を覗き込んだら一瞬で氷解した。


『イッキ! イッキ! イッキ!』

『おーい、酒がまだ足りてないんじゃないか?』

『ひゃー、昼間から飲む酒は最高ですわー』


 ……なんで酒盛り?


『あなた達も体験した通りドッペルゲンガーは“強欲”が付与されていたけど、取り込まれた人間は“強欲”と“傲慢”の両方が付与されるわ』

『その結果、その人間は自分の欲にとことん抗えなくなる。あそこにいる人間達はお酒が何よりも好きなダメ人間ということね』


 マリとイザベルの解説はありがたかった。しかし――


『『『ワハハハハッ!』』』


 僕らはこれらを助けるためにここに来たのかと思うと、なんだか虚しくなってしまった。

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