第37話 欲求

 

 僕らは酒盛りしている大部屋の扉をそっと閉じて城の中を徘徊することにした。


「さて、ドッペルゲンガーに取り込まれた人に遭遇しない様に気を付けないとね」

『ご主人さま、さっきの見なかった事にしているのです』


 だってあれを救うために来てると思うと試練を受ける気力がなくなるじゃん。


「蒼汰の気持ちは分かるけど、それはともかくお酒を飲んでいた人達の数ね。

 ざっと見た限り30人程度だから、まだ170人くらいはこの城のどこかにいるはずよ」


 冬乃は抜けかけた気力を奮い立たせるかのように、周囲を警戒しつつまだ気を抜ける状況じゃない事を示唆してきた。


「そうだね。ソフィアさん達もさっきの場所にはいなかったから、どこかにいるだろうし」


 マリとイザベルなら間違いなく僕らのいる空間と同じ場所に配置するだろうから、きっといるはず。

 一緒に着いて来てる時点で楽しみを増やすためにその程度の事は絶対にやる。


『クシシシ』

『キシシシ』


 ちらりと2人を見ると意味ありげに笑っているのが見えた。

 出会って数時間も経ってないけど、この2人の性格上仲間同士で戦わせる様子を見たいくらいには思うだろう。


「さすがにソフィア先輩達があの中に混じってたりはしないでしょうからね」

「未成年だから、ね」


 酒を飲んだ事ない人が酒を強く求めたりはしないのは当たり前といえば当たり前だから、ソフィアさん達があの中にいないのは間違いない。

 というか、いたら大問題である。


「さっきの人達を見て思わず脱力してしまいましたが、200人に襲われるのに比べればむしろありがたいです」

「まあそうだけど。そうなると敵対行動に出る人は思いの外少ないのかな?」

『ご主人さまの言う通りなら本当にありがたい事なのですが……』


 そんなアヤメの心配は杞憂に終わった。

 城の中を慎重に探索していたけれど、色々な場所で見かけた取り込まれた人達は僕らに敵意を向ける事など一切しなかったのだから。


 食堂らしき場所ではバイキング形式のように大量の料理が並んでおり、その中では脂っこいものや甘いものを一心不乱に食べ続ける人達がいた。


「女性が多くない?」

「ダイエットしていて抑圧してたんですかね?」

「甘いものを食べたくなる気持ちは分からなくないわ」

「でも、あんなに甘いものばかりよく食べられると思う、よ」

『見てるだけで胸やけしそうなのです』


 冒険者やってるなら適度に体を絞れてるはずなのだけど、あまり食べ過ぎないように普段からセーブしていたのかな?

 アヤメの言う通り、見ているだけで気持ち悪くなりそうな量を引くほど食ってるから、普段どれだけ抑圧していたのかと言いたい。


 食堂の次は寝室だった。

 大きなベットで熟睡している人達もいたけど、ここには10人程度でそんなに人はいなかった。


「冒険者なら睡眠不足な人はまずいないだろうしね」

『社畜と言われている人達が取り込まれていたら、かなりの人数になっていたはずなのです』


 残念ながらここには冒険者しかいないので、眠りたい欲求に駆られている人はそんなにいなかったか。


 他にもお風呂や図書館らしき場所など、自身の欲求を満たしたい場所に数人から数十人の人がいたわけだけど――


「……さて、この流れは嫌な流れだ」

「どうして、なの?」

「咲夜さん。お酒はともかく食欲、睡眠欲ときていたわ。他にも色々な欲求を満たしていたけれど、絶対にあるはずの欲求を求めている人達にまだ遭遇してないのよ」

「あっ……」

「性欲、ですよね……」


 乃亜が絞り出すようなか細い声を出していた。

 気持ちは分かるよ。


「エバノラを彷彿させる試練だ」

『あらやだ失礼ね。エバ姉様と一緒にして欲しくはないわ』

『性欲の一点突破な試練じゃないのだから、全くの無関係と言ってもいいくらいだわ』


 マリとイザベルが抗議の声を上げてくるけど、そんなの気にしていられないよ。なんせ――


『『『アンッ! アアンッ!』』』


 どこかで聞き覚えのある喘ぎ声が近くの部屋から聞こえてくるのだから。


「行きたくないなぁ……」

「「「分かる」」」

『いや、分かっちゃダメなのです。確かにいきたくない気持ちは分からなくもないのですが、ドッペルマスターがどこにいるか分からない以上、あの部屋も確認しないといけないのです』


 アヤメの言う事が正しいのは分かる。けどね。

 あの部屋の中でナニかが繰り広げられてると思うと、見るのが嫌なんだよ。


 ……はぁ。


「じゃあ僕が見てくるから、みんなはちょっと待ってて」


 乃亜達に任せるとか男としてそんな事は出来ないし、だからと言って赤信号を一緒に渡る理論でみんなで見に行くのはもっと出来ない。


「そんな、先輩だけに任せるわけには――」

「一緒に見るとより気まずくなりそうだから」

「分かりました。よろしくお願いします」


 乃亜の言葉を遮って1人で見に行く理由を言ったら、即答でお願いされた。


 大丈夫だ。今までのように部屋の外からコッソリと覗くだけでいい。

 ドッペルマスターがどんな存在か分からないけど、怪しいのがいるかいないか確認できればそれでいい。


 すーっ、はーっ。よし、行こう。


 部屋の扉をコッソリと開けて覗いた先で見た光景。それは――


『んひぃいい、女王様もっとーーー!!』

『この豚めにキツイお仕置きをお願いします!』

『豚がお願いなんかしてんじゃないよ!』


 高度なSMプレイが繰り広げられ、主に女が男を責めている光景だった。

 秒で閉めた。

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