幕間 赤ちゃん編(3)
「事情は理解したわ。大変だったのね」
「あっさり信じるのね」
「それはそうよ。だってこっちの言っていることを、ここまで理解している赤ちゃんなんている訳ないもの。はい、右手を上げて」
「だっ」
信じてもらえるよう、先ほどから千春さんの指示通りの動きをしていたからね。
ここで泊めてもらえなかったら乃亜のお世話にならないといけなくなるから、それだけは回避したい。
排泄もお風呂もこれ以上見られる人を増やしたくないんだよ……。
「そういう訳で、さすがにこの状態の蒼汰を放ってはおけないから、1週間くらい泊めてあげようと思ってるのだけど、いい?」
「ええ、もちろんよ」
千春さんがあっさりと承諾してくれたので助かるね。
「そうそう。私も丁度冬乃にお願いしたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「何? どんなこと?」
「正直親としては情けないのだけど、3人の安全にはかえられないものね」
「どうしたの?」
「えっとね、ここを引っ越さない?」
「え?」
「ほら、ここってオートロックもなくて、精々監視カメラ程度でセキュリティー面に不安があるじゃない? 離婚してからそのままここで暮らしていたけど、冬乃が稼げるようになっちゃったから、さすがに今のままじゃマズイと思うのよ」
「……ああ、あいつね」
あいつって、一体誰のことなんだろうか? もしかして……。
「冬乃からあの人からの電話があったって聞いた日から考えていたのよ。
もしかしたら押しかけてくる可能性があることを考えると、出来るだけ早く安全な場所に引っ越した方がいいわ」
「そうね。私はなんとでも出来るけど、秋斗と夏希に近づかれるのは不安だわ」
「ただ問題があるの」
少し言い辛そうにしている千春さんだったけど、意を決して口を開くようだ。
「お金がないのよ。私の稼ぎじゃ、今の生活レベルを維持してそこの家賃を払い続けるのが難しいの。だから――」
「皆まで言わなくてもいいわ母さん。私だって秋斗や夏希の事は大切に思ってるもの。お金で安全が買えるなら安いものよ」
「冬乃……。情けないお母さんでごめんね」
「母さん。こういう時はごめんねなんて言われたくないわ」
「そうね。……ありがとう冬乃」
「うん!」
晴れ晴れとした笑顔だ。
やっぱり変に遠慮されるよりは頼られる方が嬉しいよね。
「あ、ただどこに引っ越しするの? あまり遠くだと困るんだけど」
「そこは大丈夫よ。最初はここから離れた遠くに引っ越した方がいいかもしれないと思ったけど、親の事情で子供を振り回す訳にもいかないから、近くにちょうどいい場所がないか今日まで探していたの」
「そう。良かったわ」
ホッとした表情になった冬乃が、横に座っていた僕を抱えて頭を撫でてくる。
いや、ちょ、完全に赤ん坊にする態度では?
「今私が稼げているのは蒼汰達のお陰だもの。あまり離れたところだと、1人でダンジョンに行かないといけないところだったわ」
「うふふ。ホントにそれだけかしら?」
「ちょっ、母さん!?」
「うふふ」
冬乃と僕を見て何か意味ありげにほほ笑む千春さん。
何故にそんな目で見るんですか?
「もう! と、とにかく引っ越しは決定ってことでいいから、秋斗と夏希にもそれを伝えておくわね」
「ええ、お願いね」
「じゃあ私お風呂に入ってくるから」
「あら、その子も連れていくの?」
「そんな訳ないでしょうが! はい、母さん預かってて」
「はいはい」
いやだから、そんな様子を見守られなくても1人で大人しくしてるから。
そんな僕の主張は赤ん坊姿で喋る事が出来ない為に、全く伝わらなかった。
しばらくしてお風呂から出てきた冬乃。
髪が濡れていて、いつもと違い色っぽく見えてしまう。
ただ、頭の上についている獣耳や尻尾が濡れてしまったせいで、フワフワだった毛が、ぺとっとしてしまっているけれど。
本人もそれが嫌なのか、真っ先に尻尾からドライヤーで乾かし始めていた。
「ばぶば(大変そうだね)」
「何よ蒼汰?」
「だっ(なんでもない)」
僕は首を横に振って、なんでもないと示す。
今の状態じゃキチンと何が言いたいか分からないだろうし、気にしないで欲しい。
割と長い時間ドライヤーで濡れた毛を乾かした冬乃は、傍にいた僕を抱えて秋斗君や夏希ちゃんの寝ている部屋へと向かう。
「それじゃあ私も寝るわ」
「ええ、おやすみ」
「母さん明日も早いんでしょうから、すぐに寝た方がいいわよ」
「分かってるわ」
「そう。それじゃあおやすみ」
冬乃はそう言って寝室へと移動すると、すぐに端っこの空いてる布団へと僕と一緒に寝転んだ。
……えっ? 僕もここで寝るの?
特に寝る場所とか決めてなかったけど、まさか冬乃と同じ布団で寝ることになるとは思わなかった。
まあ冬乃は僕が赤ちゃんだから気にしないのかもしれないけど、僕にとっては同級生の女の子と添い寝するのと変らないわけで……。
隣りの部屋からわずかに光が漏れているせいで、薄暗くても冬乃の顔はみえているため、ぶっちゃけちょっとドキドキする。
「ねえ、蒼汰」
「ばぶっ(はい)!?」
急に声をかけられて思わず、声が裏返ってしまう。
「クスッ。何よ変な声を出して。……ちょっと話を聞いてくれる?」
「だっ(うん)」
「蒼汰は母が離婚しているのは知ってるわよね?」
「だっ(うん)」
なんせあの夢で見たからね。
「さっきセキュリティーがしっかりしている所じゃないと不安って話してたけど、その不安の元が父だった男よ」
やっぱりそうか。
確信はなかったけど、予想は出来ていた。
「つい先日その男から電話がかかってきたわ。なんでも冒険者として活動してる私をテレビで見たんですって」
テレビってなると
全国放送みたいだし、見られていてもおかしくないか。
「なんで電話なんてかけてきたのか分からないけど、このタイミングでかけてきたとなるとお金よね……」
テレビで見たなら、冬乃がユニークスキルを獲得してるのは獣耳と尻尾から一目瞭然だし、ユニークスキルを得ているならお金を稼げているとでも思ったんだろう。
「本当に最低よ。家族をなんだと思ってるのよ……!」
どこか悔しそうに声を絞り出す冬乃を見て、僕は思わず短くなってしまっている手を伸ばしていた。
冬乃が今にも泣きそうな表情をしているけど、そんな悲しそうな顔をしてほしくなかったから。
「蒼汰?」
「あうあう(僕じゃ話を聞いてあげることしか出来ないけど、元気を出して欲しい)」
「ふふっ、何言ってるか分からないわ」
「ばぶ(でしょうね)」
「でも、ありがとう……。おやすみ、蒼汰」
「あう~(おやすみ)」
先ほどまでと違い安らかな表情となった冬乃の顔を見ながら、僕も目をつぶった。
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