幕間 白波冬乃(1)

 

≪冬乃SIDE≫


 家はハッキリ言って貧乏だ。

 母と弟、妹の4人暮らしで、築40年以上も経ったボロいアパートに住んでいる。


 父は数年前に浮気し、バレたら開き直って暴言を吐いたあげく離婚届を机に叩きつけて蒸発してしまった。

 そのため今は母がパートで朝から晩まで働いてなんとか生計を立てている。

 私も母を助けるため、弟たちと一緒に家事を行っているけれど

 まだ小学4年の弟と3年の妹に火を扱わせられないので、料理なんかは私がやっている。

 そのため買い物も私が行っているので、1円でも安くなるようチラシを確認する日々だ。


 私は本当は高校に行く気はなかった。

 中学卒業と同時に働きに出ようと考えていたけれど、それは母から止められた。


「お父さんに隠して貯めていたお金があなた達3人を学ばせてあげられる程度にはあるの。だからお金のことは気にしなくていいわ」


 そう言われてしまったけれど、どう考えても隠していたお金なんて微々たるものだろうに……。

 朝早くに働きに行き夜遅くに帰ってくる母を見てそれをより確信した。


 私達のことをいつも優先して考えてくれる母を少しでも楽させたくて、私は高校に行く条件としてバイトをすることを認めてもらった。

 飲食店のバイトなら賄いも出るので食費も浮くからね。


 勉強とバイトの両立でとてもじゃないが友達と遊ぶ余裕なんてなかったけれど充実した生活を送れていた。あの日までは。


 ある朝、目覚めると身体に違和感を感じた。


「ふぁっ……ん? 何か変? ……えっ、髪が白くなってる!?」


 私は頭とお尻に妙な違和感を感じて布団の上で疑問に思っていたら、肩までかかるくらいの長さまで伸びていた髪が目に映って驚愕した。

 昨日まで黒かったはずなのに1本どころかまとめて全部真っ白になっているのだから、驚かない訳がなかった。


 慌てて鏡へと向かった私は鏡の前に立ってようやく違和感の正体に気が付いた。


「なっ、何よこれーーーーーー!!?」


 私の黒かった髪は毛根の方までもれなく真っ白になっていた。

 さらに頭頂部から獣の耳が生えてた。

 尻尾も生えてた。


「どっ、どうしたのお姉ちゃん!?」

「……朝から騒いで、むにゃ、どうしたの……?」


 思わず大声を出してしまった私の元に、寝ていた弟の秋斗と妹の夏希が来てしまったけど私はそれどころじゃなかった。


「どうしたのその髪! それに耳と尻尾!?」

「うわ~モフモフだー」


 明らかに変わってしまった髪と作り物とは思えない耳と尻尾に秋斗は心配してくれたけど、夏希は呑気に耳と尻尾を見て目を輝かせていた。


「いやそんな呑気なこと言ってる場合じゃないわよ! 一体何なのよこれ?」


 私は自分の尾てい骨あたりから生えている尻尾を触ると、尻尾から触られた感触を感じて凄く不思議な気分になる。

 念のため頭に生えた耳にも触れてみるとそちらからも同様に、触れられた感触はおろか意識すると音まで聞こえるので、完全に自分の一部になっているようだ。


 でもどうしてこんなものが?

 混乱で頭を抱えそうになった私に、私が忘れていたことを秋斗が思い出させてくれる。


「お姉ちゃん、今日は12月7日でお姉ちゃんの誕生日だし、スキルが身についたんじゃないかな?」


 そう言われて完全に失念していたことを思い出した。


 自分の誕生日なんて日々のバイトや勉強で全然気にしなかった上に、スキルなんて100人に1人の確率でしか身につかないから完全に他人事だと思っていたわ。

 そもそもスキルなんてもの気にする余裕がなかった生活をしていたから、たとえ教室でそんな話をされていたとしても完全に右から左に聞き流していたし。


「この現象がスキルのせいだとして、一体何のスキルなのよ……」


 そもそもこんな動物の耳や尻尾が生えた人なんて見た事もないわよ。


「お姉ちゃん、ステータスって意識するかスキルの効果が本人の知らないところで発揮したりしてると何のスキルか分かるらしいよ」


 それなら今すぐ分かるはずじゃ? と思いもしたけど、私が耳と尻尾を認識しているから知らないわけではないって判定なんだろうか?


「秋斗詳しいわね」

「友達が冒険者やダンジョンの話が好きで、僕もよくその話をするからね」

「そうなのね。ありがとう秋斗」


 えへへと少し照れ臭そうに笑う秋斗の頭を撫でながら、言われた通りステータスを意識すると半透明のボードが浮かび上がった。


 [獣人化(狐)]


 このスキルが私の生活を一変させることになると、この時の私はまだ気づいていなかった。


 その後役所に行き、自身にスキルが身についたことを報告に行ったけど、その道中行き交う人達から凄い視線を集めているのを感じた。

 コスプレして歩いている人を見かければ物珍しいと視線を向けることを考えれば、こうしてジロジロと見られてしまうのは仕方ないことだと諦めていたけど、こんなの大したことなかった。


 次の日、一番最悪なことがバイト先で起こった。


「すまないが白波君、今日限りでバイトを止めて欲しい」

「どうしてですか店長!?」

「申し訳ないがうちはチェーン店だから、コスプレをしているように見えるのはお客様にあらぬ誤解を与えてしまうし、何より飲食店だからね。動物の毛が提供する料理に万が一入っていたら問題になるんだよ」

「そんな……」


 バイト先をクビになり、しかも飲食店の類のバイトが出来ないことが決まった。


「困ったわ。まさかこんなスキルが発現したせいでバイトをクビになってしまうだなんて」


 私は教室の自分の机で頭を抱えながらそう呟く。


「え~いいじゃん、バイトくらい。こんなにも可愛い耳と尻尾が生えたんだよ」

「じゃあ代わってよ」

「仮に代われたとしても御免こうむる。人がなっているのを見るのが楽しいのさ」

「桜、あんたホントいい性格してるわよ」


 学校に行けば役所に行った時の様に色々な人から遠巻きに見られていたけど、この友人は変わらず接してくれるのだけはありがたい。

 ただそんな事よりもこのスキルのせいでバイトをクビになるし、新たに雇ってもらえる場所を探さないといけないのだけどこの見た目で雇ってくれるいいバイト先ってあるのかしら。


「はぁ、お金が欲しい」

「にゃははストレートだな~。だったらいっそうのこと冒険者にでもなったらどうさ?」

「はい?」


 そう言えば秋斗が冒険者のことをチラッと言ってたわね。

 でも何で冒険者になんて、そう思った私の耳にとんでもない言葉が聞こえてきた。


「冬っちユニークスキル持ちだから下手なバイトよりも何倍も稼げるんじゃないさね?」

「なんですって!」

「ちょっ、冬っち苦しい……! ただでさえユニークスキルを発現して強化されている上に獣人の力で胸倉掴んで持ち上げるのは勘弁!!」


 その言葉にハッとして、思わず持ち上げていた身体を元に戻す。


「ごめんなさい、まだこの身体に慣れてない上に聞き捨てならない言葉を聞いて歯止めが利かなかったわ」

「別に気にしてないさ~」

「そう。ならお金の話よ」

「その切り替えの早いところ、好きだぜ」

「また持ち上げるわよ」

「ラジャーであります!」


 桜が言うには、冒険者としてダンジョンに行ってお金を稼ぐのは、初めのうちはコンビニのバイトの時給並みにしか稼げないようだけど、私ならば1か月もしないうちに倍は稼げるようになるはずだと教えてくれた。


 なんでもユニークスキル持ちは、持ってない人間よりも肉体が強化されている上に、私のスキルが明らかに戦闘向けなのでそのくらい余裕なのだとか。


「信憑性はあるの?」

「近所の大学生の兄ちゃんが無駄に自慢してたさ。まあ命の危険もあるからそのくらいは稼げないとやってられないでしょ」


 確かに命の危険はあるかもしれない。

 だけど冒険者になることで前以上に稼げるのであれば、行くだけの価値はあるかもしれない。

 バイトをいきなりクビにされる原因となったこの忌々しいだけのスキルを有効活用できるのならそれも悪くないかもしれない。


「命の危険があるのが嫌なら、冬っちなら確実に採用されるバイトはあるね」

「何?」

「メイド喫茶」


 私は一瞬自分がメイド服を着ているところ想像した。


「冒険者になるわ」

「即決!? もうちょっと迷ってもいいじゃん!」

「迷う価値ゼロじゃない! ただでさえコスプレして生活してるようなものなのに、さらに重ね着してバイトしたくないわよ!」

「狐っ娘メイドを見たい周囲の男子の期待を裏切る気か!」

「そんなもの焼却炉の中に叩き込んでおきなさい!」


 あーだこーだ言う桜を無視して私は決意を固めた。


 こうなったら仕方ないわ。

 私は冒険者でお金を稼ぐわよ!

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