幕間 白波冬乃(2)


 友人である桜の勧めで私はすぐさま冒険者になった。

 登録料の3000円が痛かったけど、必要な出費だと思って諦めた。


 冒険者になるための講習で1度だけ他の人とパーティーを組んでダンジョンに潜ったけれど、ハッキリ言って1人で潜った方がいいと確信したわ。


「ねえねえ、君まだ高校生でしょ? 良かったら俺と今後もダンジョンに潜らないかな?」

「いやいや俺との方がいいよ。こんな軟弱そうなやつよりも俺の方が絶対頼りになるって」


 ナンパしてくるくだらない男達。

 しかも明らかに私よりも弱く真剣にダンジョンでお金を稼ぐ気がなさそうな、いわゆるエンジョイ勢と呼ばれる人達だった。

 そんな人達と仮にパーティーで潜って素材を集めるのと、ソロで潜って素材を集めるのとどちらが稼げるかなんて火を見るよりも明らかだわ。

 むしろパーティーを組んでいく方が身の危険を感じるわよ。


 それに何より、女目当てに話しかけてくるこいつらを見ていると母を裏切って浮気した父がチラついて苛立ち、とてもじゃないけど一緒に潜る気なんて全く起きないわ。


 そんな訳で丁重にお断りした後、ずっと1人でダンジョンへと潜り続けたわ。


 最初は小手調べというか命の危険がある場所だから慎重に動いて、確実に1体ずつ魔物を狩ってドロップアイテムの魔石とかを手に入れていった。

 〔ゴブリンのダンジョン〕でゴブリンが1匹だけ歩いている個体を狙って蹴りで首をへし折っていくのは慣れていけばもはや作業だったわ。


 武器があれば良かったんでしょうけどそんなお金ないし。

 ゴブリンって子供と同じぐらいの身長だから結構蹴りやすいのよ。


 複数体固まっているゴブリン達を狩れれば良かったのだけれど、慣れないうちは多対一の状況は避けておこうと、ある程度レベルアップするまでは1体ずつ狩っていった。

 始めの頃は最低賃金程度で潜る時間も短かったため、バイトの時に比べれば収入が半分以下になっていたけれどある日を境に収入が激増した。


「あ、レベルアップだ。これでレベル3――なにこれ?」


 目の前に突如として出現したステータスボード。

 スキルを確認した時に見た物が何も意識していないのに出てきて困惑したけれど、その理由がすぐに分かった。


 ・[獣人化(狐)]

 →派生スキルⅠ:[狐火]


 スキルが強化したことを通知してきたみたいね。


 この[狐火]だけど、私がこの時『ああ、強化されたのね』と気軽に考える以上に優れた能力で今の私にピッタリのものだった。


 攻撃手段が肉弾戦でしかもソロだったため確実に1匹でいるゴブリンだけを狙っていたけれど、[狐火]はテレビで出るような冒険者が使う火魔法のような現象を起こすことが出来たため、遠距離から複数のゴブリンをまとめて焼くことが出来るようになったのだ。


「桜の言う通り収入が前の倍になったわ」

「前のリストラされて公園に佇む中年のおじさんみたいな表情から打って変わって、ニッコニコで上機嫌になってる様子を見る限りは本当そうみたいさー」

「誰が中年のおじさんよ」

「少なくとも華の女子高生がしていい表情じゃなかったのは確かだったよ?」


 そう言われると自覚がある分黙らずにはいられないけど、おじさんはないでしょおじさんは!


「でも気を付けてね冬っち」

「ん、何を?」

「前よりも稼げるようになったかもしれないけど、その分命の危険がある場所だってこと。慣れてきたころが一番危ないって聞くし慎重にね」

「分かってるわ。私が大怪我したら誰が家計を支えると言うのよ」

「んにゃ~、まるで一家の大黒柱、家族を持つ父親のようなセリフだにゃ」

「父親は止めて」

「あ、ごめん」


 そうよ。

 私はあんな家庭を放り出した男と違って家族を支えるのよ。


 それから私は〔ゴブリンのダンジョン〕の浅い階層にあるモンスターハウスを率先して潰して回った。

 私1人だけでは今のレベルじゃあまり下の階層に挑むには力不足だ。

 特にゴブリンナイトが現れると[狐火]だけでは心もとない。


 そうしてあまり危険度の少ない場所で効率よくお金を稼いでいき、いつの間にか3月になった時だった。


「もしかしてハーレム目指せるのか!? 羨ましいぜ!!」


 廊下を歩いていると真横の教室から大声で騒いでるのが聞こえてきた。

 内容が内容なだけに思わずそっちに視線を向けると、いつもハーレムハーレム騒いでるやつだった。


 1人の女性を見ない男を見るとどうしてもあの父が頭によぎりイラついてしまう。

 あの森ってやつ、本当にサイテーだわ。


 それにしてもハーレムを目指せるって言ってたところを見るに、あの机に突っ伏して今にも死にそうな顔をしている人もハーレム目当てなのかしら。


 ちっ、嫌な気分になったわね。

 あんなのとは関わり合いになりたくもないわ。


 イライラする気持ちをなんとか静めながら私は自分の教室へと歩いていく。


 まさかこの時に見た人物とこれから先、深く関わってくことになるとはこの時の私は想像すらしなかった。

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