第17話 文化祭・1日目(4)

 

≪蒼汰SIDE≫


 色々な意味でお腹が一杯になった僕は自分が店番をしなければいけない時間になったので、乃亜達と別れて自分の教室に戻って来た。


「思ったより人が入ってきてるな」


 昼前だというのに動画の上映を楽しみにしている人が意外といて驚く。

 とは言っても、用意してある席の半分も埋まっていないのでこれでもまだ少ない方なんだろうけど。

 飲食しながら動画を見ていい事になってるので、座って食べながらついでに動画を見ようと思った人達が来ているのかな?


「やあソウタ。時間ギリギリじゃないか。日本人は時間にシビアだって聞くけど、ソウタはそうでもないのかな?」


 戻って来た僕に気が付いたソフィアさんが近づいて来た。


「間に合ってるんだから勘弁してよ。乃亜達とご飯を食べてたらこんな時間になっちゃったんだよ」


 食べさせ合ったりしていたら、あまりの嬉し恥ずかしさに時間の事とか吹き飛んでいたせいもある。


「まあいいさ。ソウタも受付を手伝ってよ」

「うん、分かったよ」


 動画を上映するだけなので人手はそんなにいらず、店番は5人もいれば十分だろうという事で僕とソフィアさん以外には3人ほどしかいないけれど、受付に2人、動画の準備に1人、客の整理やいざという時に椅子を追加するのに2人で問題なく回っている。

 まあ客の整理なんて言っても勝手に席に座ってくれればいいので、大してする事はないのだけど。


 受付もお客さんが来たら対応するだけで、大して客引きなんかはしなくていい事になっている。

 なっているのだけど――


「おい、あれ見ろよ」

「おおっ、可愛いな……。ちょっと行ってみようぜ」


 ソフィアさんがただ受付に座っているだけなのに、それだけで十分客引きになっているのだから凄い。

 周囲が黒髪の中金髪なので目立つのもあるけれど、近づくとその整った容姿に惹かれ動画を見て行こうと思う客が多いんだろう。


「やれやれ、人の容姿を見て近づいてくるだなんて、花に群がる蜂みたいだね」


 ソフィアさんは人がいなくなったのを見計らって愚痴をこぼす様にそう言ってきた。

 まあ男の習性みたいなものだからしょうがないよ。


「ソウタはそんな事ないからいいんだけど……」


 ソフィアさんが机の下でコッソリと手を伸ばし僕の膝を撫でてきて、徐々に接近してこようとしたので、僕は昨日オリヴィアさんに聞かされた話からその意図を察し、膝を撫でている手を掴んで止めさせた後これ以上近づかないように押しとどめる。


「ストップ、ソフィアさん。そんな風にハニートラップしてきても困るだけなんだけど」

「……ハニートラップなんて酷いな。ワタシは本気なんだけど?」

「誤魔化さなくていいよ。オリヴィアさんがそう言っていたよ」

「………………はぁ。あの脳筋騎士。まさか暴露してしまうとはね。まあでも同時に3人も外国から来たんだから薄々はソウタも感づいていたんだろ?」


 いえ、全く。

 言われるまで気にもしてませんでした。


「はい、これ」

「え、なにこれ?」


 唐突にソフィアさんから渡されたのは耳掛け型のイヤホンのようなものを渡してきた。


「あまり人に聞かれていい話じゃないからね。それを使えば無言で会話できるのさ。耳に着けていればワタシの声はそれを通して聞こえるし、ソウタは話したいことをそのイヤホンを意識しながら念じればワタシに通じるよ」


 なるほど。おそらく僕らの持つ〔絆の指輪〕に似た魔道具なのかな?


 僕は受け取ったそれを片方の耳へとかけると、そこからソフィアさんの声が聞こえてきた。


『聞こえてるかなソウタ?』

『うん、問題なく』

『さて、何から話そうか悩むけど、まずは謝らせて欲しい。悪かったよ』

『いや、別にたいして迷惑をかけられたわけじゃないから気にしなくていいよ』

『そう言ってくれるのはありがたいけど、もしもアメリカとイギリス、両方から同時にSランクダンジョンの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】討伐の協力を依頼された場合、ソウタはイギリスの方を選ぶんじゃないかな?』


 正直に言えばそんな危険な場所に行きたくはないのでどちらも断りたいのが一番の本音ではある。

 また矢沢さんが一緒ならば行くのもやぶさかではないと思っているけれど。


 だからある意味矢沢さん次第とも言えるのだけど、もしも矢沢さん関係なしにどちらかを選ばなければいけないのであれば、オリヴィアさんにイギリスの危機的状況を聞かされているのでイギリスを選ぶと思う。


『まあそうかもね』

『それは大変困る。なにせアメリカもイギリスに負けず劣らず危機的な状況であるのだから』


 ……世界が自分の思っていたよりも人類絶滅エンドと隣り合わせなようだ。


『どういう事?』

『アメリカが抱えるSランクダンジョンは2つだけど、その両方で【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が発生してしまっている。

 その内の1つは日本と似た状況であり、年に1度は迷宮氾濫デスパレードが必ず起きているんだ。

 イギリスは迷宮氾濫デスパレードが起きないようにできているが、アメリカでは今言ったダンジョンではどんなに中の魔物を間引いても迷宮氾濫デスパレードが起きてしまう。

 今は奇跡的に2箇所同時に迷宮氾濫デスパレードが起きないように片方に注力して魔物を間引くことで何とかなっているけど、それもいつまで持つか分からない状況なんだ』


 アメリカはイギリスと日本のSランクダンジョンが2つ同時にある状態に近いのか。

 さすがにイギリスのようにドラゴンほどの脅威ではなかったはずだけど、どんなダンジョンだったっけ?


『そしてもう1つ』


 まだ何かあるのか。


『これは個人的な願いでもあるのだけど、この任務でソウタ達を勧誘しアメリカのSランクダンジョンを解放できれば、ワタシが探している人を探すのに国が今よりももっと力をいれられるんだ』

『探している人?』

『ああ。ワタシはあの男、兄だった男を殺してでも止めたいんだ』


 なんだか物騒な話になってきたぞ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る