第9話 フォーエバーハングリー

 

「なるほど。その恰好はスキルで、アイマスクは【典正装備】だったのね」


 事情を理解したことで周囲の視線、特に僕を見る目が和らいだのを感じてホッとしたよ。

 OL風な女性と同じパーティーであろう他の女性達からの視線が特に痛かったから、誤解が解けて本当に良かった。


 一部男性達から、先ほどまで「男だもんな」みたいな目で見られていたのもマシになったし。

 ただ僕のスキルのせいで乃亜達がコスプレしている状態なので、僕の性癖がスキルに影響を及ぼしたからなのでは? みたいな視線はまだ感じるけれど。

 酷い誤解もあったものだよ。


「それにしてもあなた達凄いわね。特にあなた達2人なんてダンジョンに潜り始めてから半年も経ってないんでしょ? なのにもう【典正装備】を手に入れてるだなんて」

「運が良かった、いえ、悪かったからですけどね」

「まあそうよね。【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】なんて出くわす方が運が悪いか」


 そう言いながらOL風の女性、菅沼すがぬま沙彩さあやさんが周囲を隙なく警戒しながら僕らの左手首に刻まれた【典正装備】を所持している証を見てきた。


「しかも君なんて3つも手に入れてるんだから、どんな巡り合わせなのかしら?」

「そんな巡り合わせは今後一切来ないで欲しいんですが」

「あはは、だよね。私達でも【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】と初めて遭遇した時は本当に死ぬかと思ったもの」


 そう言って菅沼さんも左手を掲げると、そこには【典正装備】を手に入れた証である入れ墨が刻まれていた。

 というか、ここにいる人の全員が【典正装備】を当たり前のように持っているのだけど。


 ……もしかしてここにいる全員、相当運が悪い人間の集まりなのでは?


 一連の会話からそう思わずにはいられないのだけど、この討伐任務が無事に終わるのだろうか……。


「どうしたの? 急に無言になって」

「いえ、その……ここにいる人達って全員【典正装備】を持ってるじゃないですか」

「そうね」

「全員が運悪く【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】と遭遇したことがあるってことは、相当運の悪い人間達なんじゃないかと思いまして……」

「いや、全員がそうやって【典正装備】を手に入れたわけじゃないから安心していい」


 横からそう話しかけてきたのは、会議中だろうと構わずいつでもどこでも何かを食べ続けていた人物、風間かざまりょうさんだった。

 昨日会議が終わった後、夕食時に親睦会みたいなのがあって、その際に全員が軽い自己紹介と出来ることを言って行く中でも常に何かを食い続けていたので、バッチリ印象に残っている。

 というか、この人が大樹の言っていた日本で一番の冒険者らしいのだけど、今も何かしら食べている姿を見る限りそうには見えないんだよな。


 風間さんは見た目小柄であり僕より頭一個分小さいくらいなので、だいたい150センチくらいしかない上に童顔なので、下手すれば僕より年下に見えるほどだ。26歳で僕よりも10歳上なのに。

 小柄で細身の身体なのによくもまああれだけ食えるものだと思うよ。


「えっと、全員が偶々遭遇したわけじゃないって事ですか?」

「そうだ。むしろ冒険者組合から依頼されて、ダンジョンに発生した【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒しに行くのが普通だ。

 大抵は【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒せずやられてしまう事が多いからな」


 そりゃそうか。

 自分の力量に合ったダンジョンに潜っているのに、それよりも2段階上のランクの強さを持った【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】は1つのパーティーでは普通倒せないからね。


「それじゃあ皆さんはかなりの数の【典正装備】を持っているんですか?」

「あはは、そんなわけないじゃない。冒険者組合から依頼される場合は複数のパーティーが合同で倒しに行くから、手に入れられるかは運次第って感じよ。

 私達だって初めて遭遇した時に手に入れた1つだけだし。でもこの人は5つ持ってるわよ」


 5つも持ってるって凄いな!?

 最低でも5体の【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒したって事じゃん!


「あれは運だ運。【典正装備】は狙って手に入るようなものではないし、手に入れても使えるものかも運になる。

 ただ俺は最初に手に入れたのが自身のスキルとシナジーしていたから、ここまで強くなれたんだが」

「あんたのあれはもう反則だろうと思うわ」


 反則と言われるほどスキルと【典正装備】がシナジーを発揮するってどんなのだろう?

 そんな風に考えていたら、その様子を察してくれたのか菅沼さんが風間さんを親指で指しながら教えてくれた。


「この人は[貯蔵庫]っていうユニークスキルを持ってるのよ。

 効果は食べたものや飲んだものを体内に吸収させずに、そのエネルギーや水分を保管しておけるのよ」

「あ、だから会議中とか、なんなら今でもずっと何か食べてるんですね」

「ええ、そうよ。他にも文字通り寝だめしてずっと起きていられたりするから、結構便利なスキルよね」


 あ、それは素直に羨ましい。

 暇な時間ずっと寝ていて、起きていたい間はずっと起きられるのだから凄く便利だ。


「そのスキルとある意味セットな【典正装備】が〔未来永劫フォーエバー満たされぬ餌袋ハングリー〕なのよ。

 [貯蔵庫]は食べたものをすぐに保管できるわけじゃなくて、胃や腸でエネルギーにしたものしか保管できないから食べれる量には当然限界があるわ。

 だけど〔未来永劫フォーエバー満たされぬ餌袋ハングリー〕は食べたものを即座に100%エネルギーに変換できるからいくらでも食べれるようになるってわけ。

 つまりは無尽蔵の体力を持っていると言っても過言じゃないわね」


 まるでパズルみたいにピタリとスキルと【典正装備】がハマってるなぁ。

 そういうスキルを持っていたから、その【典正装備】が手に入ったのかもしれないけど、ここまでシナジーしているのは中々ないんじゃないかな?

 それはともかく――


「教えてもらってなんなんですが、良かったんですか?」

「何がかしら?」

「いえ、人のスキルや【典正装備】を勝手に教えてしまうのは良くないんじゃないかと……」


 僕は風間さんの方をチラリと見るけど、風間さんは全く気にしていない様に見えるとはいえ、個人情報、それもスキルや【典正装備】を本人以外が喋ってしまうのはダメなのではないだろうか?


「大丈夫よ。私達夫婦だもの。この人がその程度の事くらい気にしないのは分かっているわ」

「え、そうなんですか!? でも苗字が違うのは?」

「紛らわしいから仕事の時は夫婦別姓にしてるのよ」


 8人いる嫁の内の1人は一緒に冒険者をやっていましたか。

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