第46話 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ。そして何よりも――

 

 目の前にいる【白虎】が突然現れた僕らに対して咆哮を上げてきた。

 あまりにもあんまりなタイミングに一瞬思考が止まっていたけれど、【白虎】の咆哮ですぐに動き出す。

 先ほどまで頭に浮かべていたを本当に実行するとは思わなかった。


「咲夜、〝臨界〟でみんなを守って! 他のみんなは咲夜の準備ができるまで咲夜を守って!」

「先輩!?」


 僕がみんなに指示した後、すぐに走り出したから乃亜は驚いた声を出していた。

 それはそうだろう。


 なにせ僕は【白虎】のいる方に走っているんだから。


 その決断ができたのは【白虎】が【青龍】と同じように〝風〟の壁を――いや【青龍】よりもかなり広い周囲で発生させており、僕らはその内側に入った状態で戻ってきたからだ。

 これがもしも【青龍】がやったように体に纏わせていたら、ができなかったから何とかして逃げる一択だっただろう。


 走り始めてから気づいたけど、【白虎】の身体はだいぶボロボロになっていて脚が一本無くなっており、誰も近づかせないようにこんなにも広い範囲で〝風〟の壁を作りだしているのかもしれない。

 あれではまともに動けないだろうし、尚更このチャンスに賭けるべきだろう。


「ソウタ何を――アレは!?」

「……援護する」


 ソフィが僕の手にあるものに驚いたであろう声が後ろから聞こえる中、後方から【白虎】にいくつも短剣が飛んでいった。

 おそらく僕の考えを読んでいたオルガが僕の思惑に沿うよう【白虎】の気を少しでも引こうとしてくれているのだろう。


『ガアアッ!』

「すいません。わたしじゃもう……」

「スキルが使えないのは分かってる! [フォースギア][金剛]。くぁっ、体が……!」


 近づく僕を無視して【白虎】は攻撃してきた乃亜達の方に意識が向いたようで、乃亜達に向かって〝風〟の刃で攻撃してきた。


 僕の方が【白虎】に近いのにまるで気にされていないのは、あまりにも弱すぎて近づかれても問題ないと判断されてしまっているのか、足元の蟻のようなもので単純に気づいていないのか。考えて悲しくなってきたね!


 乃亜が[ゲームシステム・エロゲ]が使えないからいつものように大楯でみんなを守る事ができないし、ソフィも度重なるスキルの使用のせいか体に負荷がかかっていて苦しそうな声を出しているのに、こんなしょうもない事考えている場合じゃない。


 考えている場合じゃないんだけど、【白虎】に〝風〟で攻撃されたらお終いな極限状態で頭がおかしくなっているんだろう。微妙にテンションが上がってきた。

 少しでも早く【白虎】に辿り着かないといけないのにまるでスローモーションのように体が遅い。ああ、情熱から勤勉そして何よりも速さと課金が足りない!


「[複尾][空狐][幻惑]」

『ガアアアアッ!!』


 バカな事を考えていると、今度は冬乃が[幻惑]を放っていた。

 だけど紫の煙である[幻惑]は残念ながら【白虎】とは相性が悪く、〝風〟で簡単に吹き飛ばされてしまう。


「ちっ、それなら[狐火]!」

『グルアッ!』


 冬乃の放った[狐火]と相殺するように〝風〟の弾丸が【白虎】から放たれる。


「きゃあっ!?」


 結果がどうなったのかは振り返る暇もないから分からないけど、どうやら〝風〟の勢いに押されてしまったようで嫌な悲鳴が聞こえてきた。

 しかし後ろを振り向く暇はない。


 僕ができること。

 それは1秒でも早く【白虎】に近づく事だけ。


『グルッ?』

「その様子、まるで眼中になかったのかな?」


 首を傾げてそうな雰囲気の【白虎】が、なんでコイツがここに? と言わんばかりの表情で僕を見下ろしているけど、もう遅い。


『ガアッ!』

「〔明晰夢を歩く者アリス〕」


 〝風〟の刃が届く前に戦闘で使うことになるとは思わなかった〔明晰夢を歩く者アリス〕を僕は【白虎】に触れて使用した。



≪蒼汰母:筒野瀬つつのせ乙葉おとはSIDE≫


「何やってるのよあの子は!!?」

「いや~筒野瀬係長のお子さん、無謀すぎますね。私達が何もしなかったら真っ二つになってたんじゃないですか?」


 私の魔術特性が“魂”、そして部下の特性が“間隔”じゃなかったら危なかったわ。


 私の干渉魔術で【白虎】にあの子への関心を薄れさせて事なきを得たもの。

 もっとも私の魔術は基本的に魂に影響を及ぼす都合上、近距離でなければ使えないのだけど、部下の魔術は距離を誤魔化す魔術だから問題なく効いた。


「放っておいても蘇生は出来るんですけどね。ただ、せっかくあの厄介な〝風〟の壁の内側にいますから、せめて一矢報いる程度のダメージを与えてくれればと思い協力しました」


 部下にとってはそうでも、矢沢恵がいくら蘇生できるからって息子を見殺しには出来ないわよ。


 まあ部下の気持ちは分からないでもない。

 なにせあの【白虎】が風間亮を含めたほとんどの冒険者を返り討ちにしたため、現状打つ手がない状態だもの。

 冒険者に扮して魔術師達も大勢参加していたのに、だ。


 返り討ちにあった冒険者達や魔術師は大半が死んでおり、死んでいなくても重傷。

 その分【白虎】にもそれなりにダメージを与えていて、ここで畳み掛ければというところであの広範囲の竜巻だ。

 あれのせいで誰も近づけず追撃できずにいた。


 私の魔術の都合上、この部下と一緒に離れた所から支援することになっていたからこそ私達は無事だった。

 しかし無事なだけで【白虎】相手に何も出来ず、このまま指を咥えて【白虎】が回復するのを見ているしかないのか、という時にあの子達はどこからともなく現れたのだから少しも期待するなというのは無理がある。


「でも、あの子のスキルじゃ【白虎】にダメージなんて与えられないはずだし、強力な【典正装備】でも持っているのかしら?」

「筒野瀬係長、もうこうなったら後は野となれ山となれ。出たとこ勝負でいくしかありませんよ」


 まあそうよね。

 せめて死ぬような目には遭わないで欲しいわ。



―――――――――――――――――――――

・あとがき

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