第29話 使う機会のなかったもの

 

≪蒼汰SIDE≫


 鈴さんの事を和泉さん達に任せた僕らは、急いで乃亜達の所へと向かって行く。


 ミノタウロスが“食われし残骸”を呼び出した事で、何人もの人が動揺で戦えなくなったり、そちらに気を取られるせいでミノタウロスを相手にすることが出来なくなってしまった。

 遠くから見えている限りだと、乃亜と咲夜だけで何とかミノタウロスが他の人に被害を与えない様立ち回っているみたいだけど大丈夫だろうか?


『乃亜、咲夜、今急いでそっちに向かってるけど、まだ耐えられそう?』

『はい、攻撃をする余裕はありませんけど、身を守るくらいなら何とか。ただ楯で攻撃を受け止めても、その衝撃を何度も受けているせいで服が……』

『分かった。すぐに直すよ』


 それはいけない。

 隣にいる穂玖斗さんに何を言われるか分かったものじゃないから、直せるうちに直さねば。

 僕は走りながらスキルのスマホを操作し、乃亜と咲夜の服を修繕する。


『咲夜も平気?』

『うん。このミノタウロスが咲夜達を攻撃してくる内は問題ない。だけど、他の人の所に行ったら止める手段がほぼ無い』


 他にもタンクのような役割で敵を引き付けるスキルを持っている人がいれば良かったのだけど、その人達は“食われし残骸”のせいでミノタウロスを相手にする余裕が無くなってしまったようだ。


 乃亜も咲夜も、[挑発]のようなスキルを覚えられるスキルスロットの枠が無いしそんな派生スキルもないから、もしもミノタウロスが他の人に意識が向いてしまえば、その人を守るのは難しいだろう。


 ただ、幸い穂玖斗さんが[挑発]のスキルを持っているから、あと数秒もあれば乃亜達の元へといけるので問題はない、はずだった。


『ブモオオオ!』

『あ、ダメ!?』


 ミノタウロスが両刃の斧を大きく振るって乃亜と咲夜を遠ざけると、大きく跳躍して城壁へとよじ登ってしまった。


『ブモオ!』

「うわあああああ!!?」


 ミノタウロスが両刃斧で後衛役だった人達を斬り殺し食べていく。


『やるしかないわね。[幻惑]』


 冬乃から紫の煙が放たれて、ミノタウロスを包み込む。

 するとミノタウロスは何もない空間に向けて両刃斧を叩きつけたり何かを掴む素振りをみせ、口へと手を持っていきだした。


 よし、冬乃の幻を見せる[幻惑]で時間を稼げれば。


 そう思ったのだけど、ミノタウロスは食べる動作をした途端すぐに幻だと気が付いたのか頭を振り払うと、冬乃の方に顔を向けていた。

 食べる実感が湧かないから気づくとか、どんだけ食う事に執着してるんだよ!


 そのミノタウロスは冬乃を食べようとしているのか、両刃斧を叩きつけたり手を伸ばして捕まえようとしている。


『させない!』

『ブモッ!』


 咲夜が垂直にそびえる城壁を蹴って駆け上がるという離れ業で、城壁の上までたどり着こうとしていた。

 しかしミノタウロスは咲夜を脅威と認識しているのか、咲夜が城壁の上に着地する直前に両刃斧を薙いできた。


 刃の無い広い面で叩くようにして。


『くっ!』


 幸いにも咲夜は両刃斧がぶつかる直前で、向かってくる斧を蹴ることで斧による攻撃を受けずに済んだけど、城壁の外に追いやられたことで地面へと落ちてしまう。


『きゃっ!?』

『冬乃!?』


 咲夜が落下中にミノタウロスはその間に何度も冬乃に向けて手を伸ばしていたけど、城壁の上をピョンピョンと跳んで避けていた冬乃がついに捕まった。


「ぐあっ!」


 苦し気に呻く冬乃の様子からミノタウロスが握りつぶそうとしているのが分かるけど、ここからじゃ衣装を修復するくらいしか出来ない!


 乃亜の[損傷衣転]が無ければ間違いなく握り殺されていただろうけど、それも時間の問題だ。

 いくら[損傷衣転]でも首を切り落としたり、即死になるような事をされた場合、生き残れるか分からない。


 いつまでも死なない冬乃にまだるっこしくなったのか、ついにミノタウロスが冬乃を頭から食べようと大きな口を開いていた。

 マズイ、どうすれば!


『『冬乃(先輩)!?』』

『〝神撃〟!』


 咲夜がすぐさま〝神撃〟で遠距離から攻撃を仕掛けようとするけど、〝神撃〟はタメが必要でありすぐには攻撃できない。

 そのわずかな時間で冬乃がミノタウロスに食われようとした。


 ――ポンッ


 その瞬間、軽い音と共にミノタウロスの手から冬乃が消え失せていた。

 と、同時に放たれた〝神撃〟がミノタウロスの頭の一部をえぐるように直撃した。


『ブモオオオー--!!?』

「嘘だろ!? 頭の一部が吹き飛んでるのにまだ生きてるのか!?」

「そんな事より、冬乃はどこに?!」


 穂玖斗さんがまだ生きているミノタウロスに対して驚いており、確かにその生命力は脅威であると言えるけれど、それより冬乃がどうなったかだ。


 城壁の下へとたどり着いた僕らは上を見上げると、僕の方に向かって白い何かが降ってきたので思わずそれを受け止めていた。


『きゃっ、って蒼汰。こんな所にまで来てたら危ないじゃない』

「冬乃!」


 真っ白でフワフワな狐が僕の腕の中にいた。


「あ、そうか。[変化]で小さくなって逃げたのか」

『全然使わないから、食べられそうになる直前で気づいたけどね。それよりも咲夜さんは? 〝神撃〟使ってたけど大丈夫なの?』


 確かにそうだ。

 〝神撃〟は体力を全消費する危険な技であり、使えば気を失ってしまうはず。


「問題ない。撃った瞬間すぐに[瞬間回帰]で回復した。それよりも冬乃ちゃんが大事無くて良かった」

「本当です。冬乃先輩が無事で良かったですよ」


 咲夜と乃亜もこちらに来て、冬乃の無事に胸をなでおろす。


『ええ、私は何の問題もないわ』


 冬乃が僕の腕から飛び降りると、再びポンッと音がした瞬間元の姿に戻った冬乃が現れた。


「それよりも、あれをどうにかしないといけないわね」


 冬乃が見上げる先には、4度目の回復を行おうと咆哮するミノタウロスがそこにいた。

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