第31話 ホント最低だ

 

『死ねええ!!』

「はあっ!」


 ドッペルの僕の攻撃に合わせて僕は自身の攻撃を避けられないタイミングで思いっきり剣を振るい、剣で受け止めるしかないようにした。

 剣が勢いよくぶつかり合ったタイミングでドッペルの僕を思いっきり押し返した後、後ろに全力で下がる事で距離を取る。


『あはは。何をしているの? そんな事してたら早く体力が無くなってすぐに倒れちゃうよ?』


 一旦距離を取るためにわざわざ自分の体力がさらに削れそうな行動をとったけど後悔はない。


「ハァハァ、僕の、勝ちだ」

『何を言っているの? 今の状況からみてボクの勝ちが濃厚なのに、どうしてそんな事が言えるのかな。

 息を荒げて今にも倒れそうなのに』

「それは、お前が、僕だからだ。ハァハァ」


 肝心な事を忘れていたよ。

 ドッペルゲンガーはあくまでも僕をコピーした存在だということに。


『だったら尚更ボクに勝てる道理はないよね?

 お前の身体能力はもちろん、使える道具からスキルまで全てそっくりそのままなんだよ。

 それに加えて“強欲”――今は“分別”の力だけどそれもある。

 体力の差でどうあがいてもお前に勝ち目はない』

「……1つ、言い忘れているものがあるよ」

『えっ?』

「ガチャだ」

『は?』


 何を言っているのか分からないといった表情を浮かべるドッペルの僕を無視し、今も小さな子供の喧嘩のような事をしている存在へと目を向ける。


「アヤメ、こっちに来て!」

『ふぇっ? ひ、ひゃい(はい)!』


 口を引っ張られているせいでまともに返事ができなかったアヤメだけど、すぐさまドッペルのアヤメの手を払ってこちらに飛んできてくれた。


『なんですかご主人さま』

『今更アヤメを呼んでどうするの? 今も〔忌まわしき穢れはブラック逃れられぬ定めイロウシェン黒水偽鏡インバージョン〕は発動しているから、アヤメを強化したり、自分を強化しようとしたところで逆効果だよ』

「そんな事するわけないじゃん。はい、アヤメ」

『はい?』


 僕は〔マジックポーチ〕からいつ何時たりとも持ち歩いている、スマホをアヤメに手渡した。


『え、ちょ、ご主人さま?』

「それ持ってちょっと宙を飛んでてくれない?」

『い、意味が分からないのです?!』

「いいからお願い」

『わ、分かったのです……』


 困惑するアヤメに有無を言わせず実行させたのには訳がある。

 ドッペルの僕すら何がしたいのか分かっていない様子だけど、これに気づくのは僕側でなければ難しいだろう。


『なにが、したいの……?』

「やっぱり分からないみたいだね」

『分かるわけないよ! スマホをアヤメに渡したところで何だと言うのさ』

「ま、そうだよね。あのスマホをと認識していなければ、ね」

『え?』


 呆然としているドッペルの僕に畳みかけるように言葉を叩きつけていく。


「僕なら知ってるよね。他人のスマホでやるガチャの虚しさを」

『当たり前だよ。彰人にスマホを渡されて最初は喜んだけど、結局人のデータだから何の意味もないガチャじゃないか』

「うんうん。じゃああれは?」

『あっ……』


 僕が指さす先には僕らがジャンプしても届かない位置に浮かんでいるアヤメ――の持っているスマホ。


「僕のスマホではあるけど、同時にお前が使うつもりだった自身のスマホ、だよね」

『なっ!? ぐっ、そ、それが何だって言うんだ!』

「強がりはよそうよ。もう分かってるんでしょ?」

『や、止めて! それ以上喋らないで!!』

『ゴ、ゴ主人サマ?』


 ドッペルのアヤメは僕の言っている意味がまるで分かっていないようだけど、さすがドッペルの僕なだけあって気づいてしまったようだ。

 だけど容赦しない。この現実をドッペルの僕に叩きつけよう。


「あれはさっきお前がガチャする前のスマホだよ。

 さっきマリとイザベルが言っていたよね。お前がやっていたガチャはあくまでも架空の物。

 ガチャはあそこにあるのが本物だ」

『ううっ、ぐぐぐっ……!』


 歯を食いしばり必死に我慢している様子だけど、視線だけはアヤメの持つスマホから離せていなかった。


「我慢しているね」

『この程度の我慢ができないとでも……? “強欲”の力を持っていた時ならともかく、今がそれが反転して“分別”となっているんだ。

 今、ガチャを求めている場合じゃない事くらい分別はつくよ』

「それは嘘だよ」

『そ、そんなはず……』

「だったら何でお前はそんなに苦しそうな表情をしているんだ?」

『くっ……!』


 ドッペルの僕なだけあって、まるで鏡を見ているかのような気分になり胸が痛くなる。

 だけどここで言葉を止めるわけにはいかないんだ。


「……分かるよその気持ち。なんせガチャを1番回したくなるのはガチャを回したばかりの時だ。

 さっき回したばかりのお前はあのスマホに手を伸ばしたくてたまらないよね」

『ご、“強欲”が反転しているボクにそんな誘惑は効かない!』

「それは違うよ。所詮通常の三分の一程度の“分別”じゃ、増幅してしまった僕のガチャ欲は収まらないさ。

 それにお前は1つ失念している」


 僕がどれだけガチャ欲を抑えて生活しているのかを。


「強制無課金前まではガチャする前に良いものが出るための儀式なんか気にせず、回したいだけ回していたよね。

 だけど今は少ないガチャ石で神引きするためにあらゆる方法を試してきた。

 0時ガチャ、無心ガチャ、お絵かきガチャ、体調不良ガチャなどなど。

 そんな迷信にすがってまで少ない石でやり繰りし続けてきたんだよ?

 お前に我慢できるかな?

 僕とお前のは同じ端末なんだ。

 時間さえおいたら、場所を移動していたら。そんな誘惑に果たしてガチャを回したばかりのお前が耐えられるのかな?」


 この言葉がトドメだったようだ。

 ドッペルの僕は目の前の僕ではなく、宙に浮かぶアヤメに少しでも近づくためにか真下に向かって駆けだしていた。


『あ、ああ……。あああああぁぁ!!!』


 ドッペルの僕の雄たけびと共に降り注いでいた黒い雨がピタリと収まってしまう。

 どうやら精神が完全に乱れたせいか、〔忌まわしき穢れはブラック逃れられぬ定めイロウシェン黒水偽鏡インバージョン〕を維持する余裕が無くなってしまったんだろう。


『ガチャーーーー!!! 寄越せ! それをボクに寄越せ!!』

「たとえ“分別”であっても刺激されたガチャ欲は抑えられない。それが〔忌まわしき穢れはブラック逃れられぬ定めイロウシェン黒水偽鏡インバージョン〕を維持できなくなって“強欲”に戻ってしまったのなら尚更だよね」


 “強欲”の力は理性が少し飛ぶと言っていたし、我慢なんて到底できないか。


『ガチャ、ガチャーーー!!』

『正気ニ戻ッテクダサイゴ主人サマ!』

『ひぃい!!? ご、ご主人さま!!』

「分かってるよ。……ごめん僕。こんな酷い方法で倒してしまうだなんて」


 ガチャ欲を刺激して目の前にちらつかせるだなんて、ホント最低だ。


『ギャアアアア!!』

『キャアアアア!!』


 後ろ姿を見せて隙だらけだったドッペルの僕と、傍で正気に戻そうとしていたドッペルのアヤメは、僕にバッサリと斬られて倒れていった。


「自分の敵は自分とはよく言ったものだね」

『それは意味が違うと思うのです……』

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