第17話 最後の手段

 

「先輩、やるしかないんじゃないですか。安心してください。後の事はわたし達がフォローしますから」

「嬉しそうにこっちに顔を向けるのは止めて。アイマスクしてても期待してるの分かるから」


 エバノラの話を聞いた限り、あくまでやる気が減衰するだけで昂った性欲が解消されるわけじゃない以上、エバノラの試練と同じ状況になりそうで嫌すぎる。


「性欲云々はともかく、蒼汰のあれでしか交渉できそうにないのは間違いなさそうよ。さっきから信長ローリーさんに話しかけようとしてみたけど、まるで自分がコミュ障にでもなったみたいに話しかける気になれなくなったもの」

「すでに冬乃は試していたんだ。間接的になら問題ないみたいだけど、それでも無理だった?」

「間接的に話しかけるのって難易度高すぎない? そもそも私達がこれだけ近くで話していても無視し続ける相手だと、直接話しかけない限り反応すらしないわよ」


 ある意味今の会話が間接的に話しかけているようなものだけど、言葉の端々に会話をしたいと言っているにも拘わらず、信長ローリーは寝続けているので冬乃の言う通り直接話しかけないと無理なのは間違いなさそうだ。

 問題はそれをしようとすれば、その気力が無くなって行動を起こせないことだけど。


「困った、ね。ここの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】の倒し方を聞かない訳にはいかないけど、それをするには蒼汰君の【典正装備】を使用しないといけない。

 ……でも、蒼汰君以外がそれを使って話しかけてもいいんだよね? 咲夜が話を聞いてみようか?」

「………………………………いや、ダメだよ」

「先輩、少し葛藤しましたね」


 咲夜の申し出はありがたいけれど、エバノラの試練の時の事を考えると結局僕が襲われる可能性が高いんだよ。

 どっちが襲うかの違いでしかないので、まだ耐えられそうな僕がやる方がまだマシだろう。


「はぁ、仕方ないか」

「やるんですね! ついに覚悟を決めましたか」

「いや、それは最終手段」

「はい?」


 期待しているところ悪いけど、そればかりは本当にどうしようもなかったらだよ。


「………」


 まずは普通に話しかけようとして失敗。

 冬乃の言った通り、声に出す気がまるで起きなかった。

 話しかけないとクソみたいな効果の【典正装備】を自分自身に使わないといけないと分かっていても、行動する気が起きなくなるのだから、“怠惰”の力は想像以上に強いな。


「エバノラさんの言う通り、先輩の【典正装備】を使わない事には話しかけるのは無理だと思いますよ」

「そうね。蒼汰があれを使いたくない気持ちは痛いほど分かるけど、正直どうしようもないんじゃない?」

「蒼汰君頑張れー」


 応援してくれているのが咲夜だけという悲しさ。


「えっと、よく分からないけど、あなたの持つ【典正装備】を使えばあのローリーって人に干渉できるのよね?

 何故すぐに使わないのかしら?」


 僕らの様子を見てしびれを切らしたのか、沙彩さんがそう問いかけてきたので、僕は〔緊縛こそノーボンデージ我が人生ノーライフ〕を取り出して説明する。


「話を聞いてたなら分かると思うんですけど、この紐、〔緊縛こそノーボンデージ我が人生ノーライフ〕は性欲が増幅するんですよ? おいそれと使えませんよ」

「でも使わないと無理なんでしょ? 安心していいわ。女性だけであなた達のいるテントに男は誰一人近寄らせないし、音を遮る魔道具も貸してあげるわよ」

「未成年にとんでもない提案するの止めてくれませんかね!?」


 普通大人がそんな提案する?


「言いたいことは分かるけど、正直それしか手がない以上は仕方ないのよね。

 蘇生させてくれる子がいつまでも起きていられる訳じゃないから、手早く済ませたいのよ」


 それを言われると辛い。

 確かに今も矢沢さんが必死に起き続けているであろう事を考えると、ここで無駄に時間を使う訳にはいかないのは分かっている。


「くっ、仕方ないか」

「ついにやるんですね先輩!」


 ワクワクしないでくれるかな?

 それに。最後の手段が残ってるからそれに賭けるだけなんだ。


「ん? 蒼汰君なんでスマホ取り出した、の?」


 僕が〔マジックポーチ〕から取り出したのは普通のスマホ。

 スキルのスマホではなく、今時ほとんどの人が持っているであろう必需品。

 その電源のスイッチを押した。


 ………はぁ。


「この前水着ガチャにつぎ込んだから回せる石が無くて今来てるガチャがぜんっぜん回せてねーーー!!」

「わぁっ!? え、なによ急に?」


 驚いている沙彩さんと慣れ切った表情を浮かべる乃亜達の顔が対称的だけど、そんな事はどうでもいい。


 スマホを見てると全てのゲームでガチャを回すアイテムを消費してしまったのをどうしても思い出してしまう。

 毎年恒例のイベントのガチャや1.5周年記念とか中途半端にも思える記念専用のガチャ。

 はぁ、回したくてしょうがないよ。


 そう思いながら信長ローリーへと近づいていく。


「ガチャした――ねえ、ちょっと起きてくれない?」


 僕は自分のスマホを見ながら信長ローリーをポンポンと叩いて起こそうと試みる。

 普段ならスマホを起動させていたら間違いなく湧いてくるはずのガチャ欲が、信長ローリーに触れた瞬間その感情が湧かなくなった。


「え、嘘でしょ? どれだけ気を張っててもローリーに干渉できなかったのに、なんだかよく分からないこと叫び出したと思ったら普通に話しかけれてるってどういう事?」

「まあ先輩ですから」

「その一言で納得すると思ってるの!?」


 残念そうな声を出す乃亜と、有り得ないものを見ているかのような様子の沙彩さんを後目に、僕は信長ローリーを何とか起こそうとした。

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