第23話 文化祭・1日目(10)

 

「あの、すいません……」

「ん?」


 トイレから出てきた僕は誰かを呼び止める声が聞こえ、自分を呼び止めたのだろうかと思い確認のためにそちらに視線を向けると、乃亜より少し大きい程度の少女がそこにいた。

 乃亜より身長はありそうだけど雰囲気的に年下っぽい感じで、ショートヘアだけど左耳の辺りだけ肩にかかるくらいまで髪を伸ばし、それを三つ編みにしているのが特徴的な子だ。


 一応周囲を軽く見回しても僕しかその少女の近くにいなかったので、おそらく僕を呼び止めたんだろうけど何の用事だろうか?


「僕でいいのかな?」

「は、はい」

「えっと、なんの用かな?」


 僕がそう尋ねると、少女は少し困った表情を浮かべながら何を言おうか迷っている様子だった。


 一体何の用事なんだろうか?

 私服だからこの学校の生徒じゃないのは間違いないし、もしかして迷子で道を尋ねたいとかそんなところかな。

 下手に問いかけて焦らすのも悪いからじっと待っていたら、意を決したのかようやく口を開こうとした時だった。


「そこまでだ貴様!」

「「えっ?」」」


 突然僕の背後からオリヴィアさんが現れ少女と僕の間に割って入って来た。


「午前中貴様は鹿島先輩を監視していたな。一体何が目的だ」

「ふえっ!?」


 え、マジ?

 監視されていたなんて全く気が付かなかった……。ジェットコースターの時はインパクトがあってそちらに意識を集中していたけど、乃亜達とご飯を食べさせ合ってた時は周囲の事なんてむしろ意識しないようにしていたから仕方ないよね。


「いや言わなくても分かる。どうせ鹿島先輩狙いだろ」

「ち、ちが――」

「貴様を鹿島先輩に近づかせるわけにはいかない。悪いがついて来てもらうぞ」


 僕が口を挟む間もなくオリヴィアさんが少女の腕を掴んでどこかに連れて行こうとした。


「……ダメ」

「むっ!?」


 しかしそれを阻んだ人がいた。オルガだ。

 オルガがオリヴィアさんの前に立ち、行く手を塞いでいた。


「何をする」

「……勘違い」

「何が言いたいんだ?」

「……手出し無用」

「ちっ、相変わらず貴様とは会話にならんな。何を言いたいのかさっぱりわからん」


 僕もオルガが何を言いたいのかよく分からないよ。


「何故貴様がこの少女を庇うのかは分からんが、これも私の使命だ。たとえ貴様であろうと容赦はしない」

「……面倒。分からず屋。ムダ」

「手加減などせんぞ!」


 オルガの言葉に青筋を立てたオリヴィアさんはオルガをまずは捕らえようと動いた。

 その動きは中々に早く、僕ではギリギリ避けられるかどうかの動きだった。


「……ふぅ」

「なっ!?」


 しかしオリヴィアさんは逆にあっさりとオルガに捕まった。

 正面から向かってくるオリヴィアさんに対し、オルガがいつの間にか足払いを決めたと思ったら、その背中にのって腕を背後に回させて押さえつけていた。


「わ、私が全く何も出来ずに捕まっただと……!?」

「……レベル差」


 どうやらオリヴィアさんよりオルガの方がレベルが高いらしい。

 まあ年齢的に考えればオルガの方が早くダンジョンでレベル上げをしているだろうから、当たり前と言えば当たり前なんだろうけど。


「くっ、無念……」


 くっころ女騎士じゃないんだから、諦めるの早いよ。

 まあ話がこじれそうだから、すぐに諦めてくれて助かるけど。


 とりあえずオルガとオリヴィアさんは置いておいて、僕に話しかけてきた少女に何の目的で話しかけてきたのか聞くことにしよう。


「あの2人の事は置いておくとして、君は何の用で僕に話しかけてきたのかな?」

「あ、はい。月夜は四月一日わたぬき月夜つくよといいます。あなたがお姉ちゃん、四月一日咲夜の恋人さんの鹿島蒼汰さん、ですよね?」

「「えっ!?」」


 僕とオリヴィアさんは驚いて少女を、月夜ちゃんを見ていた。

 言われてみれば確かに咲夜の面影をどことなく感じられるし、多分本当なんだろう。


「そっ、そうだったのか……」

「……対象の周囲は調べるべき」

「もっともだな」


 オリヴィアさんはオルガの様子から月夜ちゃんの言ってる事が本当の事であると確信したのか、身体の力を抜いていた。


「……行く」


 月夜ちゃんに危害を加えないことを確信したオルガは、オリヴィアさんを起こして立たせるとこの場を共に離れるよう促していた。


「分かった。四月一日月夜だったな。先ほどはすまなかった」

「あ、いえ。ちょっと腕を掴まれただけです、から」


 オリヴィアさんは頭を下げるとオルガと共に立ち去っていったので、この場に残されたのは僕と月夜ちゃんだけになった。


「えっと、鹿島さんでいいです、か?」

「あ、うん。鹿島蒼汰です」

「お姉ちゃんの恋人さん、の?」

「そうだね」

「ハーレムなんですよ、ね?」

「……はい」


 最後の質問は恋人の家族の前では肯定しづらすぎる。

 ハーレムに理解のある乃亜の家族(宗司さんと穂玖斗さんを除く)ならともかく、普通は微妙な気分にさせるのは分かり切ったことなので素直に頷き辛いよ。


「出会ったばかりの方に言うのは恐縮なのですがお願いがあり、ます」


 思いつめた表情で僕を見る月夜ちゃんの並々ならぬ雰囲気に思わず身構えてしまう。

 一体何をお願いするんだ?


「お姉ちゃんとの仲を取り持っていただけませんか!」

「……はい? どう言う事なの?」


 全く想像していなかったお願いが飛んできてしまったせいで、僕は首を傾げながら聞き返すことしか出来なかった。

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