第51話 鬼

 

「大丈夫、乃亜ちゃん?」

「ええ問題ありませんが、咲夜先輩こんなに速く動けたんですね。攻撃を受け止めたのと同時に謙信が吹き飛ばされる音が聞こえましたよ」


 どうやら謙信が乃亜を攻撃して乃亜がそれを受け止めたのと同時に、咲夜が謙信を殴り飛ばしたようだ。

 ただ乃亜の言う通りほぼ同時に聞こえたけど、咲夜は乃亜のいるところまで謙信より離れた場所にいたにも拘らずほぼ同着だったってことは、謙信よりも速く動けたってこと?


『くふっ』


 ゆらりと起き上がってきた謙信の表情は何故か笑顔だった。

 さっきまで乃亜に対して怒っていたはずなのに、急にどうしたのだろうか?


『くふふふふ。そうですか、そうでしたか。ええ、ええ。気づきませんでしたよ』


 ホントにどうしたのだろうか?


『まさか人間の中に鬼がいるなんて思いもよりませんでした』

「はい?」

『人に擬態して隠しているようですが、先ほどの攻防で分かりました。あなた鬼ですね』


 そう言って謙信が指で指し示した先にいたのは咲夜だった。


「……なんのこと?」

『誤魔化しても無駄ですよ。上手く隠されていたようですが、そこの少女を守るために少し力を露呈させましたね。ほんの僅かでしたが私の配下と同質の力を感じました』


 鬼って……そうか、[鬼神]か!

 この迷宮氾濫デスパレード発生前に咲夜のステータスを見せてもらったけど、そう言えばスキルに[鬼神]ってのがあったっけ。

 あの時言いたくないって言ってたからどんなスキルかは知らないけど、本人はあまり好き好んではいなかったように思う。

 だけど乃亜が危ないと思って咄嗟に使ってくれたんだろう。


『くふふ。このままあなたと戦うのもいいですが、よい一計を思いつきました』


 謙信の真っ黒に染まっている目が怪しく光り、その目は咲夜を捉えていた。


『仲間同士で殺し合いなさい。〝鬼兵操縦〟』


 謙信を中心に紫の怪しい光が広範囲に高速で広がっていき、逃げる場はおろか避ける暇もなく僕らはその光を浴びてしまった。


「……何がしたかったんだろう?」


 だけど僕の体にはなんの変化もなく、特に影響らしき影響は受けていないように思う。

 今の光は一体何だったんだろうか思った時だった。


『先輩!』


 ――ドンッ


 僕は乃亜に横から押しのけられ地面に倒れてしまった。


『乃亜、一体どうし――』


 何故こんな事をしたのか聞こうとして、僕は途中でその言葉を呑み込んだ。


「うっ、うぐあああ!」

「くっ!」


 乃亜がある人物からの攻撃を受け止め、歯を食いしばっていた。

 それを見た瞬間、何故倒されたのか。あの光の正体は何だったのか。

 その全てが分かった。


「咲夜!?」

「うがぁあああ!」

「正気に戻ってください咲夜先輩! ぐっ、キツイです……!」


 咲夜が明らかに正気を失って暴れていた。

 さっき咲夜に攻撃されそうになったところを乃亜が防いでくれたけど、今の強化された咲夜の攻撃を受けていたら、初めて会った時以上のダメージを受けて間違いなく即死だっただろう。


『ふむ。思ったより操り切れていませんね。私と戦った時はもっと速くて重い攻撃をしていたのにこの程度とは。かなり抵抗されていますがそれほど仲間を攻撃するのは嫌ですか?』


 何てことをするんだ謙信!?

 咲夜がなんとか抵抗しているお陰か、乃亜がその攻撃を防げているけど、攻撃を受け止める度に大楯がどこかに弾き飛ばされそうになっていてかなり辛そうな表情をしている。


『何してるの蒼汰! 早く咲夜さんの強化を切りなさい!』


 冬乃に言われてようやく気が付いた。

 今現在、咲夜は[チーム編成]とメイド服で強化されており、操られている現状ではその効果は僕らに敵意を向いていてマイナスにしかなっていない。

 僕はスキルのスマホを操作し、咲夜を[チーム編成]から外して強化を全て解除し、そのまま乃亜にメイド服を着せた。


『っ! 攻撃が軽くなりました!』


 咲夜はメイド服から先ほどまで着ていた破れていない状態の服に戻り、[成長の花]などの効果もなくなったため、先ほどまで乃亜は攻撃を受け止める度にその大楯が大きく揺れていたけれど、メイド服の効果も合わさってか今は全くの不動だった。


 出来ればこのまま咲夜を取り押さえたいところだけど、乃亜以外はスケルトン達の対応に追われていてこちらへの手助けが出来ない。

 僕がもっと戦えればそれも出来たのに……!


 自身の役割がバッファーであることは理解していても、こういう時に動けないのが非常に口惜しい。


『おやおや、完全に止められてしまいましたね。本当なら仲間同士の殺し合いをさせたかったのですがしかたありませんね』


 先ほどまで見ていただけだった謙信だったけど、ここで動くのか……!


『まずは先ほど侮辱したあなたから殺すとしましょうか』


 謙信の槍は乃亜へと向いていた。


「止めろ! 2人がかりなんて卑怯だろ!」

『それをあなたが言うんですか?

 それに戦場に卑怯もなにもありませんよ。あるのは最後まで立っていた者が勝者であるという事実しかないのですから』


 何を言っているんだと思わせて少しでもこちらに気を逸らせればと思ったけど、謙信はその視線を僕に向けすらせず槍を構えて駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る