第59話 ありがとう


 僕らにあてがわれたユニットハウスへと戻ると、4人が集まれる小部屋に布団を敷いて早速咲夜をそこに寝かせた。

 個室だと狭すぎて様子を見ることも出来ないからね。


「咲夜先輩大丈夫でしょうか?」

「本部に行った時に医者の人に診せたら、疲れて眠ってるだけって言われたから大丈夫なんじゃないかしら?」


 怪我も病気もしてなさそうなので、ユニットハウスへ連れ帰って様子を見るように言われたんだよね。

 もちろん医者がいるだけあってベットもあったけど、酷い怪我をしている人達用といった感じで沢山の人がそこで横になっていた。

 いくら迷宮氾濫デスパレードが落ち着きそうとは言えまだまだ怪我人が出る可能性がある以上、ベットは出来るだけ空けておきたいと言われたら仕方ない。


「それにしても乃亜さんのご家族、凄かったわね」

「そうですね。わたしもあそこまで戦えるなんて知りませんでした」

「乃亜は知らなかったんだ」

「はい。冒険者であることは知っていたんですけど、どのくらい強いかなんて聞くことはありませんでしたから」

「そうなんだ。まあ親の仕事についてあまり聞こうだなんて思わないよね。実際僕も父さんが何してるのかよく知らないし」


 ガチャはおろか日々の食事の献立よりも親の仕事なんて興味ないよ。

 お金はくれるから感謝はしてるけど、家庭をないがしろにしている人との間に家族の情はあまりないからそう思うだけで、普通の家だと違うんだろうか?


「それにしても柊さん達には助かったわね。役目を代わってくれたお陰で咲夜さんと一緒に戻ってこれたからこうして看病してあげることが出来るわ」

「戻る時に隊員の人に呼び止められたけど、穂香さんも一緒に戻って私達が代わると言ったらすんなりとオッケーがもらえたしね」


 あれがなかったら、こうして咲夜を安静が出来る場所で休ませて様子を見ていることなんて出来なかっただろう。


「んっ……」


 声の漏れる音が聞こえたのでそちらに視線を向けると、咲夜のまぶたがピクピクと動き出した。

 あっ、目を覚ますかな?


「うっ……」


 徐々にまぶたが持ち上がり、その瞳が僕らを見てきた。


「大丈夫咲夜?」

「気持ち悪かったりしませんか?」

「痛いところとかはないかしら?」


 僕らは口々に咲夜へと言葉を投げかけるけど、咲夜は口を開かずどこか悲し気な表情を見せた。


「み……」


 ん?


「見たよ、ね?」


 涙声で何故かそんな事を言われた。

 急にどうしたというんだろうか?



≪咲夜SIDE≫


「咲夜のあの姿を……見たよね」

「あの姿というと[鬼神]のことだよね? うん、見たよ」


 目の前で変身しているのをバッチリ見られているので間違いない。

 蒼汰君達はそろって頷いているのを確認した咲夜は胸が痛くなるのを感じた。


「うっ、ううぅ……」


 ……一番見られたくない人達に、見られちゃった。


 誰からも避けられる咲夜を仲間にしてくれて、人が本当の意味で傍にいてくれる嬉しさを思い出させてくれた人達なのに。

 そんな人達が、また離れちゃうの……!


「やだ、いやだよ……。うあっ、ああぁ」

「咲夜?!」

「どうしたんですか咲夜先輩!」

「落ち着いて咲夜さん」


 涙がとめどなく溢れて止まらない。

 3人が離れていってしまい、また1人の日々が続く地獄を想像すると悲しくて悲しくてどうにかなってしまいそうだった。


「えっ、えっと、とりあえずハンカチハンカチ」


 蒼汰君が泣き続ける咲夜の涙をハンカチで拭いてくれた。

 何故?

 どうして咲夜に優しくしてくれるの?


「なっ、ヒック。な、グズッ」


 3人が前と同じように接してくれていることにようやく気付いたけど、嗚咽が止まらず言葉にならない。


「大丈夫ですよ咲夜先輩。落ち着いてゆっくり話してください」

「咲夜さん、起きれる? 水を少し飲めば落ち着くかしら」

「[ガチャ]っと……はい、ミネラルウォーター」

「2度目だけど、蒼汰のスキルは本当に羨ましいわ」


 布団から上半身を起こして蒼汰君からお水をもらった咲夜は、それを飲むとようやく気持ちが落ち着いてきたのか嗚咽も止まった。

 落ち着いてきたからこそ疑問に思う。


「3人は咲夜のあの姿を見たよね?」

「「「うん」」」

「じゃあどうして咲夜に優しく接してくれるの?」

「「「?」」」


 3人は言ってる意味が分からないとでも言いたげに首を傾げていた。


「だって咲夜、化け物、だよ」


 それを口にしたらまた涙が出てきた。


「家族は咲夜がスキルを使わなくても怯えてる。[鬼神]の姿を見せた人は全員怯えた。咲夜に近づくのは咲夜を知らない人だけ。

 でも咲夜を知った人、みんな、みんな怖がってる。

 なのにどうして3人はこんな化け物を怖がらずにいてくれるの?」


 3人の顔を見るのが怖くてうつむいてしまう。

 本当は怖くて今にも逃げたいって思われていたら、死にたくなるほど辛くて仕方がない。


「そんな事ないよ」

「えっ?」


 思わず顔を上げて3人の方を向くと、誰1人怖がっても怯えてもおらず、真剣な表情で咲夜を見ていた。


「咲夜は化け物なんかじゃない」

「先輩の言う通りですよ咲夜先輩! 自分で自分を貶めるのはよくありません」

「ええそうね。咲夜さんは私達の大事な仲間で、これからも一緒にダンジョンに行ったり買い物をしたりするんでしょ?」


 温かかった。

 もう随分前に忘れてしまった、咲夜の存在そのものを受け止めてくれる温かさ。

 いいんだろうか?

 嘘じゃないんだろうか?


「いいの? 咲夜が仲間で、本当にいいの?」

「「「もちろん!!」」」

「あ、ああぁ……」


 せっかく止まっていた涙がまた溢れてきてしまう。

 だけどこの涙はさっきまでの涙と違う。

 こんなにも嬉しくて泣いてしまうなんて、生まれて初めてだ。


「あ、あ゛りがどう゛……」


 酷い涙声だったけど、咲夜の心からの感謝、伝えられたかな……。

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