第36話 さらいたいのは1人だけ

 

 片瀬さんに担がれている僕はクライヴとシンディの攻撃を避けられたことに安堵しつつ、何故こんな所にいるのかと不思議そうな目で片瀬さんの横顔を見ると、片瀬さんは僕の視線に気づき先ほどの質問を答えてくれた。


「母ですもの。赤ちゃんのピンチに駆けつけるのは当然のことだわ」


 全く答えになっていませんねぇ。

 あと僕を赤ちゃん呼びするのいい加減止めない?


『『ガアアァ!』』

「[自動再生][制限解除][痛覚遮断][剛脚]」


 おっと。話している余裕はなかったか。


 再び襲い掛かってきた2匹に対して、片瀬さんは4つのスキルを発動させ急加速して攻撃をかわしながら逃げていた。

 ただし[制限解除]の代償に足から出血しているのか、服が所々血が染まりだして痛そうだった。

 [自動再生]と[痛覚遮断]があるからこそ使えるようなスキルだよ。


『ご主人さま、無事でよかったのです』


 アヤメがそう言いながら僕にしがみついて、引き離されないようにしてきた。

 高速で逃げる片瀬さんだけど、ジグザグに動いていたためアヤメが追い付いたようだ。


「そのセリフは無事ここから逃げ延びたらだよ。ぐっ……!」


 仕方ないとはいえ、片瀬さんに肩に担がれている以上、片瀬さんが激しく動くたびに肩から伝わる振動と揺れがかなりキツイ。

 これじゃあスマホも操作できないから片瀬さんを[チーム編成]で強化することもできないか。

 なら仕方ない。せめて荷物にならないようにしないと。


「片瀬さん。アヤメをお願いします。僕は自分のスキルで異空間に避難しますので、アヤメさえ連れて行ってもらえば僕も逃げられます」

「わかったわ」


 片瀬さんに[画面の向こう側]について簡潔に説明した僕は、しがみついているアヤメを掴む。


「アヤメ」

『はいなのです』


 アヤメを僕が片瀬さんに担がれている方の肩とは反対の肩に乗せると、僕は[画面の向こう側]を使用した。


「あっ、赤ちゃん……」

「ここにいるので大丈夫です」


 どこか名残惜し気な片瀬さんだけど、今はそんな場合じゃないですよ。


 僕という重りが無くなった片瀬さんは先ほどよりもアクロバットな動きで2匹の攻撃をかわしつつ、少しずつ距離を離していった。


「あそこにいるのが【四天王】か」

「あいつらを倒せばこの騒動も終わるはずだ」

「よっしゃ! 撃て撃て!!」


 片瀬さんが機敏に動けるようになっただけでなく、他の冒険者が遠距離攻撃を仕掛けてくれるお陰で2匹の追撃が緩んでくれた。

 なんとか僕らは暴れる2匹から逃げることが出来たようだ。


『『グルアアアアァ!』』


 もっとも他の冒険者達があの2匹の注意を引いてしまったせいで、攻撃を受けることになっているようだけど。

 さすがにこの場に呼ばれているだけあって、あの2匹の攻撃を受けても何度も立ち上がって戦っていたからそう簡単にやられたりしないだろう。

 最悪矢沢さんが復活させてくれるから問題ないしね。


「先輩!」

「あ、乃亜。それにみんなも」


 安全な場所まで退避したところで、乃亜達が全員揃って駆けつけてくれた。


「大丈夫ですか先輩。怪我とかはありませんか?」

「見ての通り大丈夫だよ。片瀬さんが来てくれなかったら本当にヤバかったけど」


 僕はそう言いながら[画面の向こう側]を解除して外に出る。


「ふふっ。赤ちゃんが無事で良かったわ。うっ……」

「おっと。大丈夫ですか?」


 身体をふらつかせた片瀬さんをとっさに支える。


「ええ、問題ないわ。でもさすがに戦えそうにはないわね」


 脚を酷使しすぎたのが分かるほど片瀬さんのズボンは血にまみれており、いくら[自動再生]のスキルを使っていても失った血は戻らないからこれ以上無理はできないだろう。


「でもどうしてあなたがここにいるのよ?」


 冬乃の当然の疑問だけど、それは僕も思っていた。

 聞いたら母だからという謎の回答しか頂いていないので、キチンと答えて欲しいところだ。


「それは私も妖怪化していたからなの。さっきまで【隠し神】になってたからこの場にいたのよ」


 ああ、他の犯罪者の人達と同じようにここにいたんですね。

 ところで【隠し神】って何? 神とかついてるし、なんか強そうだけど。


「【隠し神】って確か子供をさらう妖怪だよ、ね?」


 咲夜が自信なさげにそう言うけど、誰も否定しないので間違いないだろう。

 なんだその妖怪。まんま片瀬さんじゃん。


「残念ながら私がさらいたい子はこの場には1人しかいなかったわ……」


 そう言いながら僕を見ないでください。


「でもそのお陰で人に危害を加えずに彷徨ってただけだったから、冒険者達に襲われずに済んで赤ちゃんを助けられたから良かったわ」


 そう言われるとぐうの音も出ないね。

 本当にありがとうございました。


「それじゃあ私は大人しく捕まって来るわ。赤ちゃん達も早く逃げて、あんなものは大人に任せてしまった方がいいわ」


 そう言ってフラフラと捕まえた犯罪者が集められている後方へと歩いて行った。

 片瀬さんなら1人で行かせても逃げたりしないだろうから問題ないだろう。


『『ガアアアアッ!』』


 一番の問題は少し離れたところで暴れているあの2匹だ。

 どうしたものやら。

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