第35話 虚無の目
『ねえ冬乃』
『………』
『そんな虚無の目をして戦わなくてもよくない?』
『………』
『ほら、約束通り、メイド服からもとの服に戻したんだからさ』
『……………話しかけないで』
現在3度目の休憩後、14時~15時の戦闘中だけど、冬乃が死んだ魚の様な目をしながらまるでロボットにでもなったかのごとく、〔
あれは僕らが戦闘に入る直前のことだった。
「2時間前からチラホラ見かけていたけれど、たった2時間でほぼ全てのスケルトンが鎧を着てるのしかいなくなったね」
2度目の休憩後の戦闘から鎧を着たスケルトン達が普通のスケルトンの中に混ざり始めていたけど、次に僕らの出番になった時にはほとんど鎧を着たスケルトン達で溢れかえっているとは思いもしなかったよ。
「もうここまで来たら、先ほど決めていた作戦通りいくしかないですね」
「………」
「ご、ごめん。代われるものなら代わってあげたいんだけど……」
苦虫を嚙み潰したような表情の冬乃にオロオロしながら咲夜が声をかけているけど、それは逆効果では?
「ダメですよ咲夜先輩。ここで冬乃先輩の決心を折るような事を言うのは。冬乃先輩だって、この作戦が出来ないのであれば、今戦ってる他の冒険者の人達と同じように接近戦で1時間戦い続けないといけないのはキツイと分かっているでしょうし」
「……………………くっ、やればいいんでしょ、やれば!!」
やけっぱちにしか見えないけど、本人が許可をしたのなら問題ないよね。
「じゃあ冬乃にメイド服をセットするね」
「ぐっ……!」
また着ることに抵抗を感じているのは丸わかりだけど、その表情を見ないようにしてスキルでスマホを出して[チーム編成]の〈衣装〉を操作し準備を整える。
「〔
「絶対よ蒼汰!」
軽く胸倉を掴まれながら念押しされた。
昨日メイド服から普通の服に戻る時に裸を見られることはないのは冬乃から聞いていて、メイド服を着る必要がない状態になったらすぐにコスチュームチェンジを解除することを条件に、メイド服を着て戦ってもらうことになったのだ。
「冬乃先輩の準備もほぼ出来ましたし、わたしの方の準備もしないといけませんね」
そう言いながら乃亜が僕に抱き着き、甘えるように僕の胸板に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
犬かな?
「キス、するだけじゃないの?」
「咲夜先輩の言う通りなんですけど念には念をと思いまして、こうして先輩分を補充して更なる強化をと」
「なるほど」
何がなるほどなんだろうか。
前、キスしただけでもゴブリンキングを相手に大立ち回りしてたのに、鎧を着た程度のスケルトン相手にここまでする必要はないでしょ。
っと、心の中ではそう思いつつも、女の子に明らかな好意をあらわにして抱き着かれるのは普通に嬉しいわけだけど。
「先輩……」
乃亜が僕の頬に手を添え、背伸びしながら徐々に顔を近づけてくる。
「ここまで雰囲気だしてキスする必要あるのかしら?」
「すっ、凄い、ね……!」
キスしづらくなるから冬乃はこのタイミングでそれを言わないで欲しい。
咲夜は思わず感想が出てしまったという感じだから仕方ないけど。
顔を真っ赤にして僕らの様子を見ているくらいだし。
そう言えば咲夜の前でキスするのはこれが初めてか。滅多に使わないしね、[強性増幅]。
「んっ……」
乃亜がキスしやすいように少し屈むと、少し触れる程度のキスを僕らはした。
「ふっ、ふふ。戦闘中ならともかく、その直前にキスしたことはなかったので、ちょっと照れくさいですね……」
「まぁ、うん……」
正直頬が熱く、思った以上に照れくさいと感じてしまう。
今までは戦闘中の高揚感もあったし、そんな照れくささを感じている暇なんてなかったのもあるけど、平常時のキスはこんなにも気恥ずかしくなるとは思わなかった。
「ちょっと2人ともしっかりしなさい。乃亜さんはそれでスキルはいけそうなのね?」
「は、はい。前以上に力が増幅してる感覚があります」
「よし、じゃあ蒼汰。私の方もお願い」
「ここでいいんだ?」
「もう今更じゃない。だったら直前に変わって体の感覚が変わるより、バリケードまで走ってる間に慣れてる方がいいわよ」
「分かった」
僕は[チーム編成]の〈衣装〉でコスチュームチェンジのボタンをタップした。
前に見た時と同じように全身がキラキラと輝きだして、今まで着ていた服が変わっていく。
どう見ても魔法少女の変身シーンにしか見えないんだよな~。
正直、メイド服よりもこの変身の方が恥ずかしくないだろうか?
そんな事を思いながら冬乃の変身を見届けた後、僕らはいつものようにバリケード前へと移動しようとした時だった。
――カシャッ
「「「「えっ?」」」」
カメラのシャッター音に思わず振り向くと、そこには中年のおじさんがいた。
「どうも。今から戦闘ですよね? 頑張ってください」
「あ、はい……」
一言そう言ってそのまま去ってしまった。何だったんだろうか?
「もしかして冒険者のカメラマンだったんでしょうか?」
「ああ、なるほど」
冒険者でないテレビ局の人はいなくなったけど、冒険者のカメラマンは自分の休憩時間を利用して撮影をしていたってことか。
「って、ちょっと待って。つまり今、この姿を撮られたってこと?」
「「「あ」」」
変身後のため、狐っ娘メイド状態の冬乃の姿がバッチリカメラに収められているのは間違いないだろう。
冬乃が無言で駆けだそうとしたので、僕はすぐさまその腕を掴む。
「待って、どこ行くの!?」
「離して蒼汰。あのカメラマン消さなきゃ……」
「せめて消すのはデータだけにしてあげて!」
なんて物騒な思考を。
「冬乃先輩。もう交代しなきゃいけない時間ですからそんな暇ないですよ」
「ダメよ。今の私の姿が広まるくらいなら、この辺一帯スケルトンに侵略されればいいわ」
「それは言い過ぎでは!?」
すぐにでも追いかけたい気持ちは分かるけど、今は時間がないのでごめん冬乃。
「後で一緒にあのカメラマンを探すから諦めて。お願い咲夜」
「う、うん。ごめんね」
咲夜に腕を掴まれ無理やり引きずられる冬乃は、泣きそうな顔でカメラマンが去っていった方向に向かって手を伸ばしていた。
「いや、嫌ーーーーーーーーー!!」
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