第7話 見てます

 

「先輩!?」

「鹿島から離れなさい。[狐火]!」

「わっ。あ、その……」


 頭上でそんな声が聞こえるけど、そんな事を気にする余裕もないくらい痛い。


 ゴブリン相手にダメージを受けたことはあるけど、そんなのとは比較にならないほど痛い。

 しかも体の内側から痛みが全身に広がっているかのようで、ただ噛みつかれたり殴られたりするような痛みじゃないだけに動くことが出来ない。


「………ごめん」

「は?」

「あ、逃げました」


 タッタッタと誰かがここから遠ざかっていく音が聞こえて来たので、どうやら女性がこの場を去ったのだろう。

 徐々にだが痛みがマシになって来て周囲の状況を認識できるようになってきた。


「ぐっ、痛っ~」

「大丈夫ですか先輩?」

「あんまり……」


 まだ殴られた辺りの場所がジンジンと痛い。


「鹿島、まだキツイのかもしれないけど……」

「けど?」

「せめて何か羽織って」

「……………………見ないでください」


 2人に背中を向けてもらい、即行で[フレンドガチャ]から適当な衣服を取り出して着た。


「酷い目にあった」


 まさか同年代の女の子3人の前で全裸を披露することになるなんて、ダンジョンに入る前は思ってもみなかったよ。


「先輩……………意外と鍛えてるんですね」

「結構がっつり見たんだね」


 ダンジョンに行くと決めたあたり、バイトを止める1か月前から大樹達にお金を借りてまでプロテインを買い、その日からずっと筋トレしているだけあって前よりは筋肉が付いたとは思うけど。

 モヤシ生活の時は骨と皮だけと言っても過言ではなかったけど、ダンジョンに入るのにそんな肉体では効率よくレベル上げがはかどらないと思って鍛え続けたからね。


 ……いくら体を鍛えても、上半身だけならともかく全裸を見られたのはダメージが大きいけど。


「き、気にすることないわよ。ほとんど見えなかったし」


 顔を赤くして白波さんが照れながら、攻撃を受けた際に飛んでいった〔マジックポーチ〕を渡してくれた。


 ……ほとんどってことは見たんだよね?


 でもいいや。〔マジックポーチ〕が無事だったし。

 〔マジックポーチ〕は[損傷衣転]の対象外で本当に良かった。


 300万もしたのが、まだ使って数日なのに壊れたらショックのあまり寝込むところだった。


「そ、それでどうするの? 本当ならこのまま下に行ってボス部屋に挑むところだけど、今日はもう帰るのかしら?」

「……そうだね。今日のところはもう戻ろうか。襲われたことを報告しないといけないし」

「残念だけど仕方ないわね」


 白波さんの尻尾が力なく垂れ下がっていて、心から残念そうにしていた。


「先輩、痛みは平気ですか? よかったら肩を貸しますよ」

「いや、痛みはだいぶマシになってきたから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう乃亜」


 僕らは、と言うか白波さんが道中のゴブリンを極力倒して、地上へと戻った。


 ◆


 謎の襲撃者に襲われた翌日、月曜日のため、面倒に思いながらも学校へと行き挨拶運動をする。


「おはようございます」

「じー」

「おはようございます」

「じー」

「……おはようございます」

「じー」


 校門の前を通り過ぎていく人たちに挨拶をしていたけれど、とある人物が先ほどから僕の後ろにある木の陰からじっと見てきており、気になってしょうがなかった。


「先輩、おはようござ――」


 乃亜がいつものように僕に近づいて挨拶をしに来てくれたけど、僕の後ろにいる人物に気づき、挨拶の途中でピタリと固まった。


「なっ、なんであの人があんなところに!?」


 分かるよ、その気持ち。

 昨日襲って来た相手が、3年の制服を着て木の陰で見てきてるのを見たらそう思うのも無理はないよね。


「同じ学校の人だったんですね……。あの人は一体あんなところで何をしているんですか?」

「分からないよ。ただ僕がここで挨拶をしてたら、いつの間にかあそこにいたんだよね」

「何もしてこないんですか?」

「ただただずっと見てくるだけだね」


 ホント何をしているのかが分からない。


「あの……」

「っ!?」


 乃亜が声をかけようとしたら、脱兎のごとく逃げ出してしまった。


「一体何だったんでしょうか?」

「さあ?」


 とりあえず昨日みたいにいきなり襲ってくる気はないみたいだし、放っておくしかないのだけど。


 冒険者組合に昨日報告した時、残念ながら証拠らしい証拠を僕らは提示できなかった。

 録音か録画していれば警察に通報できたけど、残念ながらいきなりすぎてそんな余裕はなかったし。


 僕らの証言で誰が襲ったのかは組合の方では把握したようで、証拠はないので罰則などはおそらく与えられないが、本人に事情聴取し厳重注意はするとは言っていたけれど、結局彼女はなんで襲って来たんだろうか?


 挨拶運動を終えた後、いつものように過ごしていたけれど、休み時間、昼休みと、授業の合間に常にどこからか視線を感じた。


「じー」


 昼休みまでは見かける度に声をかけたのだけど、朝と同じように逃げられてしまい、1度追いかけようとしたけれど、身体能力があまりにも高すぎて一瞬でその場からいなくなってしまうのでどうしようもなかった。


「おい、蒼汰。今度は四月一日先輩とか羨ましい限りだな~」

「大樹、あの人知ってるの?」

「むしろ何故知らないんだ?」


 大樹が言うにはあの人は四月一日咲夜わたぬきさくやという人物で、この学校内じゃ1、2を争うほど有名なんだとか。


「聞いたことないんだけど」

「ガチャ廃人だから聞いても右から左に流れてたんじゃない?」

「彰人の言う通りだな」


 なんて失礼な。

 どこかで聞いたことある名前だな、くらいには辛うじて覚えてたというのに。


「それでどんな人なの?」

「四月一日先輩は基本的に誰とも喋らないし、特定の仲のいい人物はいない人だな」

「それってつまり、コミュ障ボッチ……」

「そんなんじゃねえよ。いや、ある意味間違ってないんだが。あの人は<魔素親和症候群>だからな」


 ……なにそれ?

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