第33話 不明瞭な気持ち

 

 僕はオリヴィアさんの声に抗えなかった。


 もうガチャへの気持ちだけでこんなおかしな気持ちを無視し続けられない。

 サラへと向ける嫉妬があまりにも自分の感情のように錯覚してしまうほど自然な感覚すぎる上に、長時間呪いの武具を持っていた影響か、膨れ上がった嫉妬が自分の中のガチャへの気持ちと同等以上の存在になってしまっている。


「うわあああああっ!!」


 僕は心の中に溜まった言い知れぬ感覚を拭うためか、無意識に叫びながら転がり込むように[画面の向こう側]を解除して外に出て、武具を投げ捨てていた。


 あとたった2つだけなのに!


 3つ運んだ段階ですでにそれなりに時間を使っており、味方の兵はドンドン減っていってる。

 もちろん5万の兵力差は円卓の騎士達に武具を渡した事でかなりマシにはなっている。


 武具を円卓の騎士に渡した事で発光しているためその場から離れていても分かるほどで、敵を凄い勢いで削っているのがその光の動きから分かった。

 だけどその3つの光の内すでに2つが消えていて、武具の力が無くなったかそれともその騎士がやられてしまったであろう事は想像に難くない。


 5万の兵力差に対し5つの武具ということは、1つの武具で1万の兵力に匹敵するのだろうと思っていたから、1万の敵を倒した事でそうなるのは妥当な結果とも言える。

 だからあと2万の兵力差を覆すために、残りの武具を持って行かなければいけないのは分かってはいるんだ。


 ……そう分かっていながらあの武具をもう持ちたくないと心が訴えていた。

 これ以上あんなものを持てば、あの気持ちが完全に定着し自分が自分でなくなってしまうと分かるだけに、もう無理だと心が折れて四つん這いになって地面を叩いてしまう。


「うぐうううぅぅぅ!」


 運ばないといけない。

 それが分かっていながら武具を持ちたくない気持ちに抗えない自分がどうしようもなく情けなく感じてしょうがなく、唸り声しか出なかった。


「いいんだ鹿島先輩」

「あっ……」


 自分の中で整理のつかない気持ちに気が狂いそうになっていた時、突如として感じる温もり。

 何故か僕はオリヴィアさんに頭を抱き寄せられていた。



≪オリヴィアSIDE≫


 不思議なものだ。


 今まで好きな男などいたこともないのだが、男を己が手中に収めているあの魔女の行動が羨ましく感じるなどとはな。

 だからだろうか?


 私と同じように呪いの武具を持つ鹿島先輩、しかも先ほどまで3つも武具を持っていたせいでおかしな感情に振り回され、必死に自分を律しようとするその姿を見て抱きしめたいと思ってしまうのは。


「いいんだ鹿島先輩」


 だから私は鹿島先輩も私と同様の感情を抱え、男女の関係による嫉妬心に苦しめられているというのなら、異性に抱きしめられれば少しは落ち着くはずだと考えその気持ちを和らげてあげるという名目で抱きしめる。


 そうして抱きしめて初めて気づいた。

 私が鹿島先輩を他の男達よりは好ましい存在であると思っていたことに。


 自分が想像した以上に鹿島先輩を抱きしめることに高揚感を感じていることがその証明なのだろう。


 さすがに高宮達ほど鹿島先輩を好きだというほどの気持ちではないと思う。

 だけどこうして抱きしめているのが鹿島先輩以外の男であった場合、私はここまで感情が満たされるかどうかと考えた場合、それは否だと即答できる。


 初めて会った時はただ国からの指示で近づいただけで、それ以上でも以下でもない存在だった。

 最初は魔物との戦闘時に女子に任せて後ろで待機しているその姿に少なくない失望感を感じたが、すぐにその評価は裏返った。

 鹿島先輩がいるだけで尋常じゃない力を得られるのだから、むしろ守られるべき立ち場の人間なのだと理解した。


 そんな守られるべきはずの人間だというのに、鹿島先輩はいざという時には自ら前に出ることを躊躇しない。

 その行動が虚栄心によるものであればただ呆れるだけだが、鹿島先輩が前に出るのはそうせざるを得ない時で、そういう時には自らの危険も顧みず率先して動いている。


 果たして私にそんな行動ができるだろうか?

 普段守られてばかりの状態で、いざという時に思い切って行動できるような心の強い人間なのだろうか?


 実際にそうなってみないことには断言できないが、少なくとも私はそんな私を想像できなかった。

 例えば私が剣をろくに持った事がなくまともに戦えるスキルが無かったとして、あと一撃で倒せるドラゴンが目の前にいて私しか攻撃するチャンスがなかった場合私は躊躇なく立ち向かえるか、だ。


 高宮の力で怪我はせずとも、アイドルの力で死は免れると分かっていたとしても、感じるであろう痛みに怯えて動けない気がする。


 その恐怖を乗り越えれる鹿島先輩は本当に凄いし尊敬した。

 英雄というのは私のようなただ英雄の孫という血縁関係で期待されてなるものではなく、英雄というのはこういうものだと示してくれているみたいで眩しかった。


 そんな先輩が今、目の前で膝から崩れ落ちていて心が折れていた。

 その姿を見て失望する――ということはなく、むしろ鹿島先輩も私と同じなんだと思えた。

 鹿島先輩はただやれる事をやっていただけで、結果として英雄のような行動になっていただけなんだな。


 そんな普通の人間である鹿島先輩のこんな姿を見たら、この人を支えてあげなければという使命感がふつふつと湧いてしょうがなかった。


「大丈夫か鹿島先輩?」

「……少し落ち着いてきたししばらくこのままがいいとは思うけど、オリヴィアさんはいいの?」

「気にするな。私も悪い気分じゃない」


 むしろ……いや、よそう。

 この気持ちが本当に“嫉妬”の魔女の影響とは関係なしに生まれた気持ちなのか、ハッキリと断言できないのだから。


 ただ、今だけは自分と鹿島先輩が落ち着くためだと開き直ってしまえばいいだろう。

 できれば少しでも長くこの時間が続けばいいと思ってしまうのは、きっと魔女の影響のせいだと思いながら。

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