第34話 嫌な組み合わせ


≪蒼汰SIDE≫


「ありがとう、助かったよ」

「もういいのか?」

「うん。だいぶ落ち着いてきた」


 先ほどまであったねばついた不快な感情が今は薄れていた。

 完全に消えて無くなってるわけじゃないけど、動けないというほどではない。


 ……どちらかというと、いくら“嫉妬”のせいとはいえ、年下の女の子に子供の様に抱きしめられていたという事への羞恥心の方が強いだけだけどね!

 湧いていたサラへの嫉妬心とか、気にならなくなってしまうくらい思い出すだけでも恥ずかしい……!


『復活が早くて何よりじゃが、それでも3つあった光はすでに消えておるぞ。味方の兵も残り1万くらいじゃし急がんとマズいぞ』

「うぇ!?」


 シロからもう時間がないと言われて思わず変な声が出てしまった。

 オリヴィアさんのお陰で割とすぐに持ち直したはずなのに、タイムリミットまで残りわずかになっているとは思わなかったよ。


 この試練、武具を1個ずつ教会を往復して運んでいたら絶対に間に合わないのは予想がついていたからそれほど時間はないのは分かっていたけれど、思いの外余裕はなかったようだ。

 円卓の騎士を教会に呼び寄せられたら、こんなに時間に追われずに済んだだろうに。


 まあ戦線を維持している円卓の騎士を呼び寄せたら、一気に敵に蹂躙されるだろうから呼び寄せることなんてできないし、1人ずつなら仮に戦線が維持できるとしても今度は時間が足りなくなっていたね。


「さて、残り2つなわけだが間に合うか?」

『間に合わないと1、2万の兵に襲われるのですよ!?』


 悠長な事を言っている場合じゃないとアヤメがオリヴィアさんに暗に言っており、のんびりしている場合じゃないと訴えていた。


「1万ならなんとか勝てる……わけもないか。鹿島先輩運べそうか?」

「が、頑張る……!」


 サラへの嫉妬心はオリヴィアさんのお陰で大分マシになったから後少しならいけるはず。


 それにしてもサラがダンジョンの入口に結界を張っていたのは、この試練のためでもあったのだろうか?

 サラへの嫉妬は男女関係だから、その嫉妬を解消できるパートナーがいればこの嫉妬心は耐えることが出来る。


 だけど既婚者は完全に無理だとして、交際相手がいる人でも嫉妬心が高い人しか入れないから、ほとんどの人間は交際相手が傍にいない状態で試練に挑むことになる。それではあの結界を通れる人間ではこの試練に耐えるのは難しいだろう。

 なんて嫌な組み合わせの結界と試練なんだ。

 単純にサラが寄せ付けたくない人間を弾き、嫉妬されたい試練にした結果こうなっただけかもしれないけど。


「よし、ならば行くぞ」


 オリヴィアさんは大楯を片手で持って立ち上がったのを見て、僕も急いで立って放り投げた大剣の元へと移動し拾い上げる。


 ――羨ましい


 うっ……。やっぱりこの感覚はキツイな。

 できるかぎり無視しようとは思うけど、何とか耐えきれるだろうか?

 いや耐えるしかないのだけど。


「[画面の向こ――

「まってくれ鹿島先輩」

「え、何?」


 先ほどと同じように[画面の向こう側]で安全な場所に退避しようとしたら、オリヴィアさんに止められた。


 一体どうしたのだろうと思っていると、オリヴィアさんは僕と腕を組むようにしてきた。


「うむ、大丈夫だな。ならこの状態で行こう」

「えっ?」


 オリヴィアさんの突然の提案に困惑しか湧かなかったけど、そんな僕の様子からかすぐに理由を説明しだした。


「さっき鹿島先輩を抱きしめている間、一気に嫉妬心がマシになった。

 つまり少しでもこの湧きあがる嫉妬心に抵抗するために、お互いに触れあうことで嫉妬心を和らげて行動しようということだ。

 お互いが武具を1つずつ持っている状態で触れあうことで、2つの武具を持っているという判定にならないかが心配だったが、今触れている感じではそうはならないようなので問題ないしな」


 僕と腕を組んで何かを確認していたのはそういう事だったのか。


『なるほどの。しかしそうなると主様の危険が上がるから、極力戦闘の少ないところを移動することになるの』

『多少時間がかかってしまうのですが、間に合うのです?』

「やるしかないだろう。ハッキリ言って私も限界は近いし、これしか手はないからな」


 確かにその通りだけど、残りの味方の兵が1万ほどしかいないらしいから2つも運びきる時間はない気がする。


「もしもどうしようもなければ最後は賭けになりそうだ」

「鹿島先輩、何か策でもあるのか?」

「上手くいくかどうかが未知数すぎて試せていない手なら1つね。ただし失敗したら一気に敵に味方がやられて襲われる危険があるかな」

「リスクがある手段ということか。分かった。ならそれは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段だな」

「何も聞かないの?」

「不要だ。私は鹿島先輩を信頼しているからな」


 やだ素敵……トゥンク。


『ご主人さま、ふざけている場合ではないのですよ』


 人の表情から察して心のボケを拾って来ないでよ。

 少しでも平常心を保つためにも、嫉妬心から目を逸らすのには必要な事なんだからさ。


『娘の言う通りじゃ。時間はないし、その最後の手段とやらがリスクのある行動なら使わないで済むにこしたことはなかろうて』

「むっ、そ、そうだな。では急ぐぞ鹿島先輩!」


 何故か僕の顔をジッと見ていたオリヴィアさんがシロに言われて少しどもりながら僕を引っ張って、大楯で僕らの身を守るように駆けだしたので僕はそれに必死に付いて行った。


「(あのような顔で見られると嫉妬心とは別の何かを感じてしまいそうだ……)」


 少しだけ顔が赤かったように見えたオリヴィアさんが何かボソッと呟いたような気がするけど、戦場の音がうるさくてよく聞こえなかった。

 まあ重要な事ならキチンと伝えるだろうし、今は気にしている場合じゃないか。

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